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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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3/10

ご先祖様

「遥明様。お目覚めの時間でございます」


 障子の向こうからかけられる声は、いつものごとく平坦だ。

 俺付きの若い女中は、一度も俺の目を見て話そうとしない。


 彼女の仕事は、土御門家の面汚しである俺の体を清め、上等な着物を着せ、決められた時間に食事を運ぶこと。

 そこに、主に対する敬意や、子供への情愛が入り込む余地は、塵ほどもなかった。


 着替えを済ませ、一人で朝餉を口に運ぶ。

 広すぎる部屋に、食器の触れ合う音だけが虚しく響いた。

 父・景明は、あの日以来、俺と食卓を共にしたことはない。


 俺の母である第四婦人は、体が悪い人で、別邸で療養していることが多い。

 六人いる姉たちも、それぞれが優秀な陰陽師の卵として厳しい修練に明け暮れており、無能な弟に構っている暇などないようだった。


 とにかく、日中は暇だった。

 陰陽師としての修練は、父によって早々に不要と断じられた。

 同年代の子供たちが学ぶであろう読み書き算盤といった学業すら、俺には課せられない。


 本来、土御門家の嫡男ともなれば、三つの歳から基礎的な体術や、霊符の書き方、といった陰陽師としての英才教育が施されるらしい。

 

 だが、俺にはそれがない。

 一日のスケジュールは空白だらけだ。


 朝起きて、女中に着替えさせられ、食事を摂り、あとは「お部屋でおとなしくしていてください」と放置される。


 種馬に学問や修練は必要ない、ということなのだろう。

 一応、この世界にも前世で馴染みのあったテレビやゲームに似た娯楽は存在するらしい。


 だが、格式を重んじる土御門家、それも当主の屋敷で、そのような低俗なものが許されるはずもなかった。

 ましてや、無能の烙印を押された俺に買い与えられることなど、万に一つもあり得ない。


 俺に許されているのは、生存することだけ。  

 怪我をせず、病気をせず、ただ健康な肉体を維持して大人になること。  

 それが種馬としての唯一の業務だ。


 ふざけるな、と思う。  

 前世の記憶を持つ俺にとって、この飼い殺しの日々は拷問に等しい。

 だから俺は、監視の目を盗んで抜け出すようになった。


 幸い、俺への監視は厳重ではない。

 どうせ何もできない無能な子供だと思われているからこそ、女中たちの気は緩んでいる。

 彼女たちが井戸端会議に花を咲かせている隙に、俺は自室を抜け出し、長い渡り廊下を音もなく移動する。


 目指す先は、屋敷の北東。

 鬼門の方角にある書庫だ。


  重い引き戸を身体全体で押し開けると、途端に鼻腔をくすぐるのは、古紙と墨、そして防虫香の混ざり合った独特の匂い。  


 高い天井まで届く書架には、びっしりと巻物や和綴じの本が並び、天窓から差し込む光の筋が、空気中を舞う無数の塵をきらきらと照らし出していた。


 ここだけが、俺の学び舎だった。

 誰にも蔑まれず、ただ知識という大海に溺れることを許された、唯一の聖域。


 俺は慣れた手つきで、踏み台を使って高い棚から数冊の本を抜き出すと、書庫の隅の定位置に座り込んだ。


 転生して良かったと唯一思えるのは、この世界の文字が、苦労なく読める日本語だったことだ。

 俺は手当たり次第に書物を手に取り、この歪な世界の成り立ちを、飢えた獣のように貪り読んだ。


 特に好んで読んでいたのは、この世界の理そのものである妖術、そしてその敵となる妖魔、そしてそれらと戦った伝説の陰陽師たちの記録だった。


 今日もまた、俺は一冊の伝記を手に取った。

 もう何度読んだか分からない、伝説の大陰陽師・安倍晴明の生涯を綴ったものだ。


 分厚い装丁のその本を膝の上で開く。  

 ページを捲るたび、この世界の根幹を作った英雄の規格外さが目に飛び込んでくる。


 そこには、術の体系についての詳細な解説が記されていた。


『陰陽道において、術は大きく三つに分類される』


 俺は活字を目で追う。

 知識として知ってはいても、改めて詳細を確認することで、自分に欠落しているもの、あるいは自分だけが持っているものの輪郭をはっきりさせたかったからだ。



 第一に『陰陽五行術』

 火、水、地、風、雷。万物を構成する五つの元素を操り、現象化させる術。  

 炎を生み出し、水を操り、大地を隆起させ、風を巻き起こす。

 物理的な破壊力に優れ、広範囲に影響を及ぼす、戦争の主役たる術式。



 第二に『陰陽四法術』  

 契約、封印、結界、呪印・解呪。  

 形のない「理」や「約束事」を強制力のある術式として固定する技術。  

 式神を使役するのも、屋敷を守る結界を張るのも、妖魔を封じ込めるのもこの分野だ。父・景明が最も得意とするのが、この系統だ。



 第三に『神通力』  

 これは前二つとは一線を画す。

 物体操作、浮遊、肉体変化、探知、治癒、予知、透視、洗脳。

 超能力に近い異能の力。

 要はスター〇ォーズのフォースのようなものだ。


 本には、各系統における特級の基準が記されている。  

 五行術なら山一つを焼き払う火力。

 四法術なら国一つを覆う結界。

 神通力なら未来を見通す千里眼。



 そして、安倍晴明のステータス記述に至る。



【安倍晴明】  


 陰陽五行術:特級(全属性) 天候操作や天変地異を起こす。

 陰陽四法術:特級(独自の術式を多数開発)  

 神通力:特級(十二神将全てを使役、未来予知、天候操作ほか多数)  


 総妖力:特級(測定不能)



「……ははっ」


 乾いた笑いが漏れる。  

 チートすぎるだろ、ご先祖様。

 なろう小説の主人公でも、もう少し自重するレベルだ。


 安倍晴明は、これら三系統のすべてにおいて、最高の階梯である特級の才を持っていた。

 おまけに、術の源泉となる妖力すらも特級。

 エンジンも、ガソリンも、運転技術も、すべてが規格外。

 もはやチートという言葉ですら生温い。

 神が自らの似姿として創り出した存在としか思えなかった。


 そりゃあ、こんな怪物が死ねば世界のバランスも崩れるというものだ。

 彼一人で世界の"陽"を支えていたと言われても納得できてしまう。


 だが、俺が注目しているのはそこではない。

 これほど万能で、神に近い領域にいた安倍晴明の使用術リストを、俺は端から端まで指でなぞる。


 ない。  

 どこにもないのだ。


『反転術式』という文字が。


 晴明は、どんな負傷も治す絶対的な『治癒』の力を持っていたらしい。

 だが、それはあくまで治癒であり、俺が持っているような因果の逆転ではない。


 マイナスのエネルギーを掛け合わせてプラスに転じるような、理の裏側を行く力についての記述は、晴明の伝説のどこにも見当たらなかった。


 俺は本を閉じる。

 表紙には、涼やかな顔で扇子を構える美青年の絵。  

 本文の最後は、こう締めくくられていた。


『――その死を以て『陽の楔』が失われ、世界は陰へと傾いた。故に、人々は切望する。彼の再来を。この歪んだ世界を再び照らす、第二の安倍晴明の誕生を』


 そりゃあ、俺に期待もするわけだ。

 晴明の血を色濃く引く土御門家の、七人目にしてようやく生まれた待望の嫡男。

 誰もが、俺の中に晴明の面影を見たかったのだろう。


「ごめんな、晴明のじいちゃん」


 俺は表紙の美青年に向かって、詫びた。

 あんたの子孫は、あんたとは真逆の存在らしい。


 太陽のような陽の力ではなく、すべてを裏返す、よく分からない力を持って生まれちまった。  

 期待外れの烙印を押され、日陰で埃をかぶる書物のように生きている。


 だが、不思議と絶望はしていなかった。

 晴明ですら持っていなかった力。  


 それはつまり、前例がないということ。

 前例がないなら、限界もまた、誰にも決められないということだ。


 俺は『安倍晴明伝』を棚に戻し、次の一冊を手に取った。

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