第7話 魔獣……パイクで頑張りましょう
皇帝の使者の命を受けた僕たちは、急いで帝都への出発の用意を済ませた。
帝都までの距離は300kmと少し、移動には10日ほどかかる距離だ。
旅に必要な資金や、最悪の場合に使えるように簡易のテントなどを用意し、出発に備える。
その間、僕たちを護衛する兵の移動も必要であった。
ただ街道は大した危険もないので、人員は最小限の数に留めることにする。
数で言うと……20名ほどであろうか?
僕は連れて行く人員を厳選し、彼らに護衛を示す記章を与えた。
兵たちは身につける鎧に、黒白黒の記章を付け、先頭に立つヴェンツェルは国旗を掲げた。
他の兵は両手にパイクを持ち、腰には近接戦闘用の短剣を挿していた。
「では僕は帝都に行ってくる。その間、国境の警備は任せたよ」
「「「「了解しました! 神と忠誠宣誓に誓い、任を遂行いたします!」」」」
「気合十分で何より。では帰ってきたらまた会おう」
「「「「行ってらっしゃいませ、司令官。そして教官殿!」」」」
僕はまだ馬には乗れないので、フリードリヒ大王の騎乗する前に載せてもらっていた。
馬車もあるにはあるのだが、幌馬車なので一領主が乗るものとしてはどうも格好がつかない。
だから馬車は荷車として用い、僕たちはこうして直に馬にまたがっているのであった。
フリードリヒ大王は手綱を引き、馬を闊歩させる。
その軽快な蹄の音に合わせるように、兵たちも行進を始めた。
パイク持ちの兵士たちに囲まれながら進んでいく様子は、参勤交代の列のようにも見える。
「フランツ、馬に乗るのは初めてか?」
僕が馬の振動になれないでいると、フリードリヒ大王はそう聞いてきた。
僕が頷くと、「そうか」と大王は面白そうに笑った。
こんな雑談をしながらも、大王の馬を操る手さばきは狂うことがなかった。
「いずれ偉大なる王になりたい、というのであれば騎馬ぐらいは乗れないといけないぞ。騎乗する王の姿というのは、兵たちを鼓舞するものだ。帰ったらいくらか手ほどきをしてやろう」
「いいんですか! ありがとうございます!」
「もちろんだ。ただ、今もそうだが、落馬には絶対に気をつけるように。あれはみっともない以上に人の命を奪いかねん。危険と隣り合わせであることは理解するように」
「……肝に命じておきます」
◇
――その後も特に代わり映えはなく、僕たちは着実に帝都へと近づいていた。
途中途中で止まった村や街では、僕は小さな領主として面白半分、歓迎半分といった様子で迎え入れられる。
彼らにはどうも僕の噂は届いていなかったようだが、下手に悪魔の子などと恐れられなくて良かった。
だが、プロイセンを出発してから9日目の夜、僕たちは野宿をしなければならなくなってしまった。
というのも、帝都に向かう途中の橋が崩れており、森の中の街道を通っての迂回を余儀なくされていたからだ。
その分帝都に着くのも遅れることになるが、それよりもの問題はこの夜の過ごし方であった。
街道だとはいえ周囲は森――魔獣か盗賊が出てきてもおかしくはない。
魔獣であればまだマシだが、下手にしっかりと武装した盗賊などが出てくると厄介だ。
金品を差し出すだけで消えてくれればいいが、貴族を人質に身代金などを要求する集団もいるらしいからな。
「司令官、今夜の警護は我々が万全に務めます。お疲れでしょうから司令官はテントでお休みください」
「いや、ヴェンツェル。僕も指揮を取るためにもう少しは起きておくよ。君たちだけに負担をかけるのもいけないからね」
「……司令官は大人びていらっしゃいますので忘れているかもしれませんが、あなたの年齢は今5歳です。寝る子は育つ、子供のうちから夜ふかしなどいけません」
「そ、そうか。……分かった。じゃあ寝させてもらうよ。でも、何かあったら起こしてね」
僕はヴェンツェルにそう頼み、テントの中に入った。
テントで僕は持ってきていた毛布にくるまり、硬い地面を感じながら目を閉じる。
外では焚き火がパチパチと燃える音が響く中、僕はゆっくりと眠りに入った。
――きて、起きてください!
そう僕の耳に聞こえてきたのは、眠りに入ってからそう経ってはいない時間であった。
この焦った声――察するに、テントの外で異常が発生したに違いない。
魔獣か盗賊か……盗賊ではないことを祈るばかりだ。
「ヴェンツェル! 状況を!」
「フランツ、司令官がそう慌てるものではない」
「義父様、分かったよ。で、何があったの?」
「魔獣、とやらが数匹辺りを徘徊しているのを見つけたらしい。今はそれで警戒態勢に入っているということだ」
良かった、盗賊ではなかったらしい。
しかし魔獣か、夜行性の魔獣と言えば……おそらくナイトボア辺りだろう。
突進が得意な魔獣であるが……ここは、テルシオの活躍の場かもしれないな。
そもそも、魔獣とは普通の獣とは似て非なるものだ。
その体内には魔石というものがあり、そのエネルギーを活動の様々なエネルギーに変換して動いている。
そして魔石にはスタミナのように上限があるので、それが溜まりきっていない間は休んでいることが多い。
「司令官! 教官殿! 間違いないです、ナイトボアがこちらに向かって接近中!」
「……義父様、義父様の鍛えた部隊の実力、見させてもらいますよ」
「ああ、好きなように指揮したまえ」
僕はフリードリヒ大王から、部隊の指揮権を移譲された。
早速僕は兵たちをかき集め、彼らにパイクを装備するように命令する。
そして訓練どおりの密集隊形を取らせた後、ナイトボアが侵攻してくるである方向に穂先を向けさせた。
「……フランツ、来るぞ」
「分かっています。……全兵士に告ぐ! パイクをしっかりと構えよ! 敵の侵入を許すな!」
「「「「はっ!」」」」
その瞬間、森の木々を分けてナイトボアが数匹突っ込んできた。
そしてそのまま突進の勢いは衰えず、パイクの槍衾へと到達した。
そうして到達したナイトボアから順に、パイクの餌食になるのであった。
「森の中からの突進、という好条件も幸いし、敵にパイクの存在を悟らせずに撃破に成功したな。見事だ」
「いえ、義父様の訓練の賜物ですよ。それに今は森の街道だったから良かったものの、完全に森の中だったらかえってパイクは機能していませんでした。何事も柔軟に対処することが大事なのだと理解させられました」
「なに、人は皆最初はそんなものだ。徐々に自分でなっていけば良い」
僕がフリードリヒ大王のお褒めに預かっていると、先頭に立ってナイトボアを串刺しにしたヴェンツェルが嬉しそうにやってきた。
僕は彼を労い、そして続いて兵たちを労った。
こうしてどうなるかと思った街道での一泊は、なんとか無事に済んだのであった。
◇辞書
◯参勤交代……江戸時代(17世紀~19世紀)の日本において、徳川幕府が全国の大名に義務づけた制度である。大名は原則として一年おきに江戸と自分の領地を往復し、さらに妻子を人質として江戸に常住させることが義務づけられた。これにより、大名の経済的な負担が増大し、領地での軍事的な準備を困難にさせるとともに、大名自身を幕府の監視下に置くという、中央集権体制を確立・維持するための巧妙な統制策であった。




