第5話 忠誠の宣誓ですよ!
命名を済ませた僕は、あの住みにくい館からケーニヒスベルクに引っ越すことを決定した。
ケーニヒスベルクには幸いにも異民族が建てた居館があったので、そこを本拠地とすることにした。
兵士たちが荷物をまとめて運んでくれ、運ばれてきた荷物は居館に運び入れられた。
だが僕は、荷物の運搬を終えた兵士たちを見て思った。
彼らの帰属は、一体どこなのであろう――と。
というのも、彼らはオストファーレンの軍として率いた存在であり、決してプロイセンの兵では無いのだ。
そして一括りに兵と言っても、この世界には複数種類の兵が存在している。
騎士は戦場の華であり、その領地の威厳を内外に伝える存在だ。
だが維持コストが莫大であり、弱小貴族にとっては「金食い虫」以外の何者でもない存在だ。
職業兵――これは騎士よりは維持コストが低いが、それでも俸禄が必要な、財政圧迫マンである。
俸禄のかからない徴集兵もあるが、これはこれで規律が低く、戦闘能力も低い、数合わせ的存在だ。
そこでしばしば戦力として採用されるのが傭兵であるが――これは自軍に爆弾を抱え込むようなものだ。
傭兵は非正規の軍であり、各地を放浪しつつ行く先々の戦争に加担する。
平時は魔獣の駆除などを行っており、領主側にしてみてもなければならない存在だ。
戦争をする冒険者、というのが最も的確な表現だろう。
だが、彼らが所属する「傭兵ギルド」、これが危険分子以外の何物でもないのだ。
というのも、弱小領邦では、魔獣の駆除や他領邦との戦闘を傭兵に頼っているところが多い。
そのようなところでは、軍事権を掌握した傭兵ギルドの権力は強大になり、傭兵ギルドが領主を傀儡にして統治する――などという領邦も少なくない数が存在しているようだ。
そして建設ほやほやのプロイセンは、そんな傭兵ギルドにとってみれば鴨が葱を背負っているようなものだ。
だから僕は、そうならないように、常備を整える必要があった。
それも、東方の異民族に対抗できるほどの大きな常備軍を。
そしてこの考えは、フリードリヒ大王も同様であった。
大王にこの世界の兵のシステムを説明すると、僕と同じ考えを示してくれた。
そのうえで、大王は僕にこう語った。
「フランツ、少し世界史の話をしよう。17世紀のフランスには、太陽王と呼ばれたルイ14世がいた。フランスは彼のもとで絶対王政の栄華を極めたが、その絶対王政を成り立たせるために必要であったものは何だったと思う?」
「……常備軍と官僚制だね。旧来の貴族の権益を失墜させ、王に権限を集中させる。そのうえで常備軍と官僚制が大きな役割を果たしていたことは言うまでもないと思う」
「そうだ、正しい。権威を王に集中させることが、国家の力を底上げする秘訣だ。プロイセンでも啓蒙専制君主という形ではあるが、王に権威を集中させていた。その過程を踏んでいく上で、国家内国家ほど邪魔な存在はないだろう?」
国家内国家――フリードリヒ大王は傭兵ギルドをそう称した。
的確な表現だろう、国家の中にありながら国家の支配下になく、自ら自律的に権威を振るう存在。
傭兵ギルドは、そうしてプロイセンの発展を阻害しかねない存在だ。
「それが分かっているのであれば、先手を打って国家内国家を阻止せねばならん。フランツ、お前であればどうする?」
フリードリヒ大王は、きっと答えを知っているだろう。
だが、あえてそれを僕に提示することはなかった。
ヒントを与えたうえで考えさせ、答えへと辿り着かせることが、大王の、親としての教育方針なのだった。
「……すみません、思いつきません」
「思いつかない、か。――間違っても良い、何か答えを出し給え」
僕は思い付かなかったので降参しようと思ったが、フリードリヒ大王は降参を許さなかった。
故に僕は何か答えを見つけなければならないが……自由人の傭兵を御す方法など……。
いや、一つだけあるかもしれない。
「忠誠宣誓、はどうでしょうか?」
「忠誠宣誓か。だがそれは国家への忠誠を誓う儀式、自由を旨とする傭兵にとっては受け入れがたいことなのでは?」
もちろん、そのことは想定の内だ。
だが傭兵たちが最も欲しがるもの、それを用意すれば良い。
要するに、アメとムチを使い分ければ良いのだ。
「ええ、分かっています。なので彼らにはアメを用意します。プロイセンへの忠誠宣誓を行ったものには、プロイセンの市民権を付与しようと思います」
「市民権? どういうことだ?」
「この国において、民は市民権というものに縛られています。民は市民権を持つ領邦に一定の人頭税を毎年納めねばならず、それはたとえ傭兵が他領邦で仕事をしていようとです」
生まれた瞬間から、民には生まれた領邦の市民権が付与される。
それは、他の領邦の市民権を得ることができれば、上書きできるものであった。
だが他の領邦の市民権を得ることは困難であり、また得られるとしても多額の費用がかかった。
「そして通例、人頭税は高額であることが多いのです。よって人頭税を安くしてこちらに市民権を移管すれば人頭税が減るし、元の領邦に縛られることもなくなり、傭兵たちも満足するでしょう。その対価として、傭兵たち個人個人に国家への忠誠を誓わせ、傭兵ギルドからの干渉を抑え込むのです。忠誠宣誓をしないものには領邦内での活動を禁止すればいいですし」
「……良いのではないか? そうすれば人口と税収も結果的に増え、傭兵も御すことができる。ただ、その忠誠宣誓にどれほどの拘束力があるのかは分からないが」
「……ならば、プロイセンに加えて神にも宣誓してもらいましょう。この国の住民は皆、敬虔に神を信じていますので。……実在するかは知りませんがね」
神への忠誠宣誓を追加する、というのはフリードリヒ大王としても好印象であったようだ。
何よりも、神とプロイセンへの忠誠を一体化すれば、擬似的に王権神授的な観念が芽生える。
結果的に、プロイセンの株を上げることに繋がるのだ。
こうして僕たちは、早速兵たちのもとに向かった。
◇
「ええ、私たちは傭兵です」
僕はフリードリヒ大王とともに兵たちのもとに行き、彼らの所属を尋ねた。
すると、懸念通り彼らは傭兵であり、父に雇われて戦争に参加していたようだ。
今はまだ傭兵ギルドもできていないから、対処のしようはある。
僕は兵を一箇所に集めてもらい、忠誠宣誓について説明した。
それから受ける制約、そしてメリットを、ひとつひとつ丁寧に。
これも、後々「話が違う!」などと文句を言われないためにだ。
「……つまるところ司令官、市民権と引き換えに、プロイセンの指示下に入れ、ということですか?」
「そうだよ。これは双方にとって悪い話ではないと思うね」
「……家族の、家族の市民権はどうなるのですか? 家族に与えられなければ、私たちが得ても大して代わりません」
「そうだね、家族にはプロイセンに引っ越すことを条件に、市民権の付与を認めるよ。生活に必要な土地も無償で提供しよう。でもいくらか地税は払ってもらうけどね」
傭兵たちの中には、家族を故郷の領邦に残してきているものも多かった。
人頭税が安いプロイセンを拠点にし、東方異民族との戦争で利益を上げようと考えるものも多いようだ。
……そして最終的に、傭兵たちは結論を下した。
「司令官、我々傭兵は司令官に大して忠誠を宣誓します」
「……そうか、決心してくれて嬉しいよ。では、右手を挙げて、これを読んでくれ」
僕は、用意しておいた宣誓の文章を傭兵に渡した。
傭兵は自らの仕事を精査するために、識字率がすこぶる高い。
そして彼らは右手を上げ、宣誓の文を読み上げた。
「「「「私は、プロイセンとその指導者フランツに常に忠誠を尽くし、実直に仕え、勇敢で従順な兵士として、いかなる時もこの宣誓のため身命を賭する用意のあることを、この神聖なる宣誓をもって、神にかけて誓います。 かくて神よ、私を助け給え!」」」」
忠誠宣誓の声は、傭兵をプロイセンの指揮下に組み入れたことを示していた。
彼らはプロイセンの住民となり、プロイセンのために働く存在となる。
そして彼らは後に、常備軍の古参部隊へと姿を変えることになるのであった。
◇辞書
◯ルイ14世……現実世界のフランスに存在したブルボン朝の国王(在位1643年~1715年)である。**「太陽王」**と呼ばれ、フランス絶対王政の最盛期を築いた。「朕は国家なり」という言葉に象徴されるように、強力な中央集権体制を確立し、貴族をヴェルサイユ宮殿に集住させて政治的な実権を奪った。彼の統治は、絶対的な権力を行使する君主の典型とされる。
◯アメとムチ……人を動かすための**「賞罰」を組み合わせた統治・教育手法である。「アメ」は報酬や利益を、「ムチ」は罰則や強制力**を意味する。厳罰と恩賞を巧妙に使い分けることで、支配される側が自発的に従うように仕向けるのが特徴である。特に権力者が集団の統制を行う際に用いられる合理的な手法の一つである。
◯忠誠宣誓……プロイセン時代からの軍事伝統を受け継ぐ、ドイツの軍人が君主や国家への絶対的な服従と奉仕を誓う行為である。宣誓の本質は**「無条件の服従」であり、その対象が時代により変化した。プロイセンや帝政時代は皇帝個人の統帥権に、ナチス時代は総統個人の指導力に服従を誓い、現代は民主的な憲法**に服従を誓う形となっている。
◯国家内国家……ある組織や集団が、その国家の内部にありながら、国家の統制や法律から独立した独自の権力構造を持っている状態を指す。国家権力と対立する強力な貴族、宗教団体、軍隊、あるいは秘密結社などがこれに該当する。国家の統一的な支配を妨げる非効率的で危険な存在である。
◯王権神授説……国王の権力は神から与えられたものであり、国民の同意や批判を受けることなく、国王は絶対的な権力を行使できるとする政治思想である。ヨーロッパの絶対王政を理論的に支えた思想であり、国王を神の代理人と位置づけることで、その権威を絶対化し、反論を許さない体制を築いた。
◯啓蒙専制君主……18世紀後半のヨーロッパで出現した、啓蒙思想の影響を受けた絶対君主を指す。王権神授説のような伝統的な権威ではなく、「国家第一の公僕」として自らを位置づけ、国民の幸福や合理性、公共の福祉のために上からの改革を断行した。具体的には、行政・司法の合理化、教育の振興、産業の育成などを、絶対的な権力をもって推し進めた。プロイセンのフリードリヒ大王などがその代表例である。




