第4話 新しい領地の名は『プロイセン』!
馬車に揺られること1時間、僕たちはこの辺境の街に近づいていた。
僕が最初に連れてこられた館は確かに昔は領主の居館だったのだろうが、異民族の統治時代に放棄され、周りには誰も住んでいなかった。
それを承知で館に送り込んだのだろうが、フリードリヒ大王と出会っていなかったら、最悪今にはもう死んでいただろう。
父ながら、仮にも自分の子供にそこまでするのか、と驚きが隠せない。
そう思いながら山道を進んでいると、急に視界が開けた。
その先には広大な畑と、その中心に構える小さな街の影が見えた。
オストファーレンの中心はかなり発展していたが、この街はあまり発展していないようだ。
異民族による統治が長かったせいもあるのか、建築様式もオストファーレンのものとは異なっている。
半分旅行に来た気分にもなりつつ、僕を乗せた馬車は街の門の前に着いた。
「そこの馬車、止まれ!」
街の門へとフリードリヒ大王が馬車を進めていると、門の前に立つ2人の衛視が槍で進行方向を塞いだ。
大王はそれに合わせて一旦馬車を止め、俺の方を見てくる。
だが俺はこの兵たちを知っていた――そう、先の戦闘において指揮していた兵たちであった。
確か部隊の一部が、この地域一帯の治安維持のために残っていたはずだ。
その部隊がきっと、この街を拠点にしているのだろう。
子供の僕の命令に忠実に動いてくれた部隊、素晴らしい部隊であった。
「この街は現在オストファーレンの……ん? そこの方はもしや……」
御者台に座る僕の姿を見留めた衛視が、兜をずらして僕の顔を覗き込んだ。
そしてはっとした顔つきに変わったあと、慌てて槍を地面に突き立てた。
もう片方の衛視も遅れて気づき、同じく槍を地面に突き立てた。
「こ、これはフランツ司令官! 司令官だとは知らず大変失礼を……」
「構わないよ。それよりも中に入れてくれるかな?」
「もちろんでございます! さあ、司令官が初めて征服なされた地にようこそ!」
「それと、この馬車の中にいる盗賊を引き取ってほしい」
「盗賊ですか!」と衛視は驚いた表情を浮かべ、すぐに馬車の荷台を確認した。
そして捕らえた2人の身柄を引き受け、ついでに馬車も預かってくれた。
僕とフリードリヒ大王は御者台から降り、街の門を歩いてくぐった。
衛視の言った通り、この街は初めて僕が征服した地だ。
元の住民がオストファーレン出身だとは言え、長らく異民族のもとで統治された来たのだ。
征服者の僕を住民がどう見なすのか、と心配ではあった。
だが、その心配は無用なようであった。
街に入った僕たちを、住民は突然の訪問であったにも関わらず、噂を聞きつけて駆けつけてきてくれた。
そして皆して口を揃え、「フランツお坊ちゃま万歳!」と叫んだ。
「万歳!」、それは住民たちの、長きに渡る異民族からの支配の解放を祝う魂の叫びであった。
僕は歓喜の叫びの中を歩きながら、住民たちの歓迎に出来る限り応えた。
そうしていると、街の中に散らばっていた兵士たちも集まってきた。
「司令官! お父様への勝利の報告は如何でしたか!?」
兵士の一人が、何食わぬ顔でそう聞いてきた。
他の兵士たちも、僕が父にお褒めの言葉を授かったことを期待して、耳を立てる。
その期待に応えてやりたい――でも応えることは出来ないのだ。
「僕は、父様の機嫌を損ねてしまったよ。……その証拠に、僕の姓はもう『エーレンヴァルト』じゃない」
エーレンヴァルトは僕の旧姓、父を家長とするオストファーレン辺境伯家の家名だ。
そうではない、と聞いた時の兵士たちの顔は、信じられないというような、衝撃で言葉も出ない様子であった。
僕は兵士たちの反応に苦笑し、言葉を続けた。
「父様はこの地を僕に押し付け、この地に縛り付けるつもりのようだ。最も、殺そうとしていたと思うけどね。でも、おかげでいい出会いもあった。紹介しよう、僕の新しい家名『ホーエンツォレルン』を与えてくれた、義父様のフリードリヒ・フォン・ホーエンツォレルン様だ」
僕は、隣りに立つフリードリヒ大王を兵士たちに紹介した。
兵士たちは、僕の新しい義父様となった大王を半信半疑の目で見ていたが、「フォン」が付くことから詮索することはなかった。
「ではフランツ・フォン・”ホーエンツォレルン”司令官。これからはこの地は、司令官がお治めになるということですか?」
「そうだ。この地はこれより、ホーエンツォレルン家の所領になる。……ところで、この地の名前はあるのか?」
単純な疑問だが、この辺境の所領には名前があるのだろうか?
昔はオストファーレンを名乗っていたが、異民族の占領によりその名を西に移したため、今は空白となっている。
「いいえ、ございません。お父上が領有されるのであればそちらが名付けることになったでしょうが、フランツ司令官に領有権が渡った今、命名する権利は司令官にございます。……どうなさいますか?」
そうか、僕が名前を決めなければならないのか。
新しいオストファーレンだからニューオストファーレン、もしくはオストファーレン・ノヴァ……。
いや、”ホーエンツォレルン”である以上、この地の名前は一つしか無いな。
「プロイセン、この地をプロイセンと命名する。今後はそのように呼ぶように」
フリードリヒ大王は、この名付けには驚いているようだ。
自分の母国と全く同じ名を、この辺境の地が冠することになるのだから。
だがプロイセンももとを辿ればドイツ騎士団領、開墾の後に発展した所領の名前なのだから、ぴったりだろう。
「プロイセンですか。なんとも良い響きですね。では、この街の名前はいかがしますか?」
「街の名前は……そうだな、ケーニヒスベルクだ。これ以上に相応しい名前はない」
「ケーニヒスベルク、プロイセン……ではこの地は、ホーエンツォレルン家領プロイセンのケーニヒスベルク、ということですね」
一気にプロイセン感が増し、フリードリヒ大王も懐かしいのか嬉しそうな表情を浮かべている。
そして、僕にはこの名前を冠する以上、プロイセン数百年の歴史をこの身に背負うことになる。
でも、それだけの覚悟を持って命名した名前だ。
今この時、この場にいた兵士たちの誰が想像しただろうか。
いつの日かプロイセンの名が世界に轟き渡り、ケーニヒスベルクが中心地となることを。
――だが、それはもう少し先のお話しである。
◇辞書
◯プロイセン……現実世界における歴史上の地名、および王国名である。元々はバルト海南東部の地域を指すが、後にその地を支配したホーエンツォレルン家の領邦国家の名称となった。小国ながら、特にフリードリヒ大王の時代にはヨーロッパ列強の一角へと成長した。
◯ドイツ騎士団……現実世界で中世に存在した、カトリックの騎士修道会の一つである。当初は聖地(十字軍)で活動していたが、後にバルト海沿岸の異教徒への布教(東方植民)を主導した。宗教的、軍事的な力を持つ巨大組織である。プロイセンの原型となる地域を支配し、後にこの騎士団が世俗化してプロイセン公国の基礎を築くことになる。
◯ケーニヒスベルク……現実世界のプロイセン公国およびプロイセン王国初期の首都である。「ケーニヒス」は「王の」、「ベルク」は「山・城」を意味し、**「王の山(城)」**という意味合いを持つ。バルト海に面した重要な交易都市であり、軍事的な拠点でもあった。また、哲学者のイマヌエル・カントを輩出した学術都市としても知られる。




