第9話 闇を裂く剣
黒い獣が結界を破って侵入した瞬間、空気が一気に凍りついた。
四肢は異様に長く、背中からは黒煙のような魔力が噴き上がっている。
目は深い血のような赤――明確な殺意がわたしに向けられていた。
「エリシア、下がれ!」
アレクシスが剣を抜き、前へ出る。
銀の刃が月光を反射し、獣の咆哮とぶつかった。
――ガキィン!
獣の爪と剣が衝突し、火花が散る。
衝撃波で足元の石畳が砕け、わたしは後ろに吹き飛ばされそうになった。
「くっ……!」
とっさに杖を握りしめ、結界魔法を発動する。
薄い光の壁が私を包み込み、直撃は免れたが、心臓は早鐘のように鳴っていた。
「動くな!」
アレクシスの声が鋭く響く。
それでも、彼の背中が傷つくのを黙って見ていられなかった。
獣が再び跳びかかる。
アレクシスは剣で受け止め、反撃に転じる――が、獣は霧のように形を崩し、背後に回り込む。
「危ない!」
咄嗟に詠唱を終え、雷撃の魔法を放った。
紫の稲光が獣を貫き、動きを止める。
「……っ、馬鹿、無茶をするなと言っただろう!」
振り向いたアレクシスの瞳は怒りに燃えていたが、その奥には焦りと安堵が入り混じっていた。
次の瞬間、彼は地を蹴り、一閃――
銀の刃が闇を裂き、獣の首を断つ。
黒い霧が空に溶け、夜の静寂が戻った。
◆◇◆
戦いが終わり、わたしは膝をついた。
体中が震えているのは恐怖だけじゃない。
アレクシスが無事だったことへの安堵が、全身を支配していた。
「……大丈夫か?」
彼が手を差し伸べる。
その掌を見て、自然と涙がこぼれた。
「……怖かった、でも……あなたが、守ってくれたから……」
アレクシスは黙ってわたしを引き寄せ、抱きしめた。
胸の奥で響く心音が、少しずつわたしを落ち着かせていく。
「二度と……君を危険な目に遭わせない」
その低い誓いは、耳ではなく、心に直接届いた。
けれど――
夜空に漂うわずかな魔力の残滓が、別の脅威の存在を告げていた。