表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/43

第8話 夜の告白

 夕食後、アレクシスの執務室の前に立った。

 扉の向こうからは、紙をめくる音とペンの走る音が聞こえる。


「……入りなさい」


 低く通る声に促され、中へ入る。

 広い机の上には書類が積み重なり、その横に蒸気の立つ紅茶が置かれていた。


「座れ」


 促され、革張りの椅子に腰を下ろす。

 アレクシスはしばし黙って書類を片付け、それからゆっくりとわたしを見た。


「……君は、私の過去を知っているか?」


 唐突な問いに、息が詰まる。

 昼間、クラリッサから聞いた言葉が脳裏をよぎった。


「……“婚約者を二度も不幸にした”と……」


 アレクシスは微かに眉を動かし、視線を伏せた。


「事実だ。一人は病で、もう一人は……暴走体の襲撃で命を落とした」


 低く、淡々とした声。

 けれど、その奥には深い悔恨が滲んでいた。


「守ると誓ったのに、守れなかった。だから――」


 彼は机越しに身を乗り出し、わたしの手を取った。

 その手は力強く、しかし震えていた。


「君だけは、絶対に失わない」


 ……胸が熱くなる。

 彼の言葉は、殿下の甘い囁きとは違っていた。

 揺らすのではなく、支えるための重みがあった。


「エリシア。契約結婚と言ったが……もう、それだけではない」


 心臓が跳ねる。

 アレクシスの蒼い瞳が、真っ直ぐにわたしを見ていた。


「……私は、君を手放すつもりはない」


 その瞬間、執務室の窓が激しく揺れた。

 外を見ると、夜の庭を覆うように濃い霧が立ち込めている。

 ただの霧ではない――魔力の気配が漂っていた。


「……来たか」


 アレクシスは立ち上がり、剣と杖を手に取る。

 窓の外で、青白い影が蠢いた。

 獣の咆哮とともに、結界が軋む音が響く。


「下がっていろ、エリシア」


「わたしも――!」


「だめだ」


 短く、しかし強い拒絶。

 それはわたしを守るための言葉だとわかっても、胸が痛む。


 次の瞬間、結界が破れ、闇の中から黒い獣が躍り出た。

 その瞳は、確かにわたしを狙っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ