第42話 蒼炎の誓い
戦いの翌朝――
空は、昨日よりも澄んでいた。
神が消えたあとの世界は、静かで、温かい風が吹いている。
まるで、長い夢から醒めたようだった。
「……本当に、終わったんだな」
アレクシスの声はまだ信じられないように揺れていた。
彼は城壁の上に立ち、遠くを見つめている。
その横顔は朝日に照らされ、戦場の剣士ではなく、ただの青年のようだった。
私はゆっくりと歩み寄る。
足元には、守護者が姿を現していた。
いつもの無表情な仮面ではなく、どこか柔らかな気配を纏って。
『お前たちの選択で、この世界は息を吹き返した。礼を言おう』
「……礼を言うのは、私たちのほうです」
私は深く頭を下げた。
守護者は小さく頷くと、蒼い光の粒となって消えていった。
◆◇◆
城に戻ると、人々の顔が変わっていた。
恐怖で固まっていた瞳が、希望の色を宿している。
兵士たちは笑い合い、子どもたちは走り回っていた。
この景色を、私は二度と失いたくないと思った。
「エリシア」
背後から呼ぶ声に振り返ると、アレクシスがいた。
鎧を脱ぎ、肩にだけ剣を提げた姿は、戦士というより旅人に近い。
「これから……どうする?」
「どう、って?」
「もう、戦う理由はない。君は……自由だ」
その言葉に、一瞬だけ胸が痛んだ。
自由になれば、アレクシスの隣から離れることもできる。
でも、それは――望んでいない。
◆◇◆
私は彼の手を取った。
戦いの時と同じ、力強い手だった。
でも今は、剣ではなく、私を守るために握られている。
「アレクシス……」
「……ああ」
彼の視線が私を捉え、逃がさない。
その瞳は、戦場で見せた鋭さではなく、穏やかな熱を湛えていた。
「私は……この世界を守るために来た。でも――」
「……」
「これからは、“あなたと一緒に生きるため”にいたい」
言葉を口にした瞬間、胸が軽くなった。
アレクシスはゆっくりと微笑み、私の額に額を合わせた。
「じゃあ、俺も……君を守るために生きる」
その低く柔らかな声が、耳元で溶けていく。
◆◇◆
蒼炎は、私の内にまだ宿っている。
戦いの力としてではなく、温もりを灯す火として。
アレクシスの手のひらにも、その炎の熱が伝わっているのがわかる。
「行こう」
「……どこへ?」
「これからの世界を見に。君となら、どこでもいい」
私は笑い、頷いた。
空には新しい朝日が昇り、黄金の光が私たちの影を長く伸ばしていく。
――蒼炎は、誓いの炎だ。
これからも、ずっと。
<完>