第40話 七光輪、破砕
神の背に浮かぶ七つの光輪は、静かに回転していた。
その輝きは美しくもあり、同時に吐き気を催すほどの異質さを放っている。
ひとつひとつが、世界の法則を支配する核のようだった。
『……気をつけろ。それぞれの光輪は別の“理”を宿す。触れれば、その理に従って存在を変えられる』
守護者の声は重い。
『まずは、一つずつ叩き割れ』
◆◇◆
第一の光輪が前へとせり出した。
淡い緑の輝きが広がり、周囲の地面が瞬時に芽吹き、過剰なまでの草木に覆われていく。
美しい――そう思った瞬間、その草木は私たちの足に絡みつき、骨を砕く力で締め上げてきた。
「自然の……理!」
私は蒼炎を足元から放ち、絡みつく蔦を焼き払う。
だが、焼いたそばから芽吹き直し、また絡みついてくる。
「終わりがない……!」
「なら、根を断つ!」
アレクシスが跳び、緑の光輪へ剣を叩きつけた。
刃が光輪を裂き、砕けた破片が霧のように消えていく。
◆◇◆
第二の光輪が紅く燃え上がる。
瞬間、周囲の空気が重くなり、体が鉛のように動かなくなった。
「……重力?」
『そうだ。重みで存在を潰す理だ』
守護者の声が響く。
『炎を上に向けろ。浮力を作って打ち消せ!』
私は歯を食いしばり、蒼炎を足元から噴き上げた。
熱とともに生じた上昇気流が、体の重みをわずかに和らげる。
その隙にミレーユの雷撃が紅の光輪を撃ち抜き、二つ目が粉々に砕けた。
◆◇◆
第三の光輪は青く輝き、世界が凍りついた。
時間が止まったかのように、鳥の鳴き声も風も消える。
ただ、私と神だけが動けた。
『時間の理だ……危険すぎる』
守護者の声がわずかに震える。
「こんなの、許せない……!」
私は蒼炎を渦巻かせ、炎で時を“かき乱す”ように広げた。
炎の中だけは、仲間たちの時間が再び動き出す。
アレクシスがその瞬間を逃さず、青の光輪を斬り裂いた。
◆◇◆
第四の光輪は白――その光が触れたものは、存在の色と形を失い、無垢な“白”の物質へと変わる。
ルシアンの矢が白化し、粉のように崩れた。
『存在の初期化……一度触れれば戻れぬ』
守護者の言葉に、背筋が冷える。
私は全力で炎を広げ、光輪との間に炎の壁を作る。
白い輝きが炎に触れ、弾けた瞬間――ミレーユの雷が白輪を直撃し、砕け散った。
◆◇◆
残るは三つ。
しかし神は動じず、残る光輪をゆっくりと回転させる。
それが不気味だった。
まるで、「ここからが本番だ」と言われているようで。
五つ目は紫。
空間が歪み、地と天が逆転し、距離が意味を失った。
「空間操作……!」
私は蒼炎を矢の形に変え、紫輪へ一直線に放つ。
炎の矢が空間をねじ曲げながら突き抜け、光輪を破壊する。
◆◇◆
六つ目は黒。
その影が広がると、音が消えた。
自分の心臓の音すら、何も聞こえない。
『……これは消音ではない。“概念”の消去だ』
守護者の声も、途切れ途切れになる。
声を失いかける前に、私は炎を集中させ、黒輪を狙った。
だが炎は一瞬でかき消される。
「くっ……!」
その時、アレクシスが私の背に手を置き、自らの魔力を流し込んだ。
炎が再び燃え上がり、黒輪を飲み込み、砕いた。
◆◇◆
最後の七つ目――黄金の光輪が輝く。
その瞬間、私の全身から力が抜けていった。
炎も、心も、空っぽになる感覚。
『……これは“意志”の奪取。戦う理由を消されるぞ』
守護者の声が霞む。
でも、手を握る温もりがあった。
アレクシスの手だ。
「立て、エリシア。お前は俺と、この世界を守るためにいる」
その言葉が、胸の奥で火花を散らす。
「……そうだった。私は……守るために!」
蒼炎が再び燃え上がり、黄金の光輪を飲み込み、砕き散らした。
◆◇◆
七つの光輪がすべて消えた瞬間、神の体がわずかに揺らいだ。
背後の灰の門がきしみ、光が漏れる。
だが――神はまだ立っている。
『理は失った。だが、奴の本質は残っている……これからが、最後の戦いだ』
私とアレクシスは互いに頷き、神へと駆け出した。