第39話 灰の門、神降臨
白銀の炎の鳥が裂けるような悲鳴を上げ、翼が崩れ落ちた。
粉々になった羽根は灰となって空に舞い、灰の門へと吸い込まれていく。
胸の奥で、守護者の声が低く告げた。
『器が壊れる。中身が出てくるぞ――気を抜くな』
◆◇◆
門から吹き出す風は、もはや風とは呼べない。
空気そのものを別の何かに置き換える、冷たく乾いた“流れ”だった。
触れた石も木も砂さえも、色を失い、白銀の粒へと変わって消える。
「これ……全部、飲み込む気?」
思わず声が震える。
アレクシスが横目で私を見た。
「怯えるな。お前はあの炎に勝ったんだ」
「でも、これから出てくるのは炎じゃない」
「だからこそ、一緒に立つんだ」
短い言葉に、妙な力が宿っていた。
私の心臓が強く脈打つ。
彼の手が一瞬、私の手に触れ――それだけで、足が前に出た。
◆◇◆
灰の門の内側がひび割れるように光り、巨大な影が浮かび上がる。
それは人の形に似ているが、輪郭が定まらず、無数の炎や光の粒が渦を巻いている。
目の位置にあたる二つの輝きが、私たちを見下ろした。
その視線だけで、膝が砕けそうになる。
『……ちっぽけだ』
直接脳に響く声。
白銀の鳥の威圧感など比ではない。
これは、世界そのものに叱責されているような感覚だ。
「これが……神……」
ミレーユが息を呑む。
ルシアンは弓を構えたが、その腕が震えている。
◆◇◆
『器を壊したか。だが、無駄だ』
神の声は淡々としている。
『この世界は汚れた。再び形を整えるために、一度焼き尽くす』
「それが、あんたの救いの形なの?」
私が叫ぶと、神の光がわずかに揺れた。
『救い? 違う。これは理だ』
理――それは、感情も慈悲もない、ただの法則のような響きだった。
神は腕とも翼ともつかぬ光の帯を広げ、門の外へ伸ばす。
触れた大地が音もなく色を失い、白銀の粒子となって舞い上がった。
◆◇◆
「リディア!」
アレクシスが私を抱き寄せ、目前をかすめる光を避ける。
その勢いのまま、二人で地面に転がった。
息が詰まり、彼の胸の鼓動が耳に響く。
「俺がいる。お前は、前を見ろ」
その瞳には一片の迷いもない。
私の中で、恐怖が少しずつ炎へと変わっていく。
「……絶対、止める」
「そうだ。そのために、お前はここにいる」
◆◇◆
灰の門がさらに開き、神の全身が現れた。
その背からは七つの光輪が浮かび、回転しながら音もなく空気を裂く。
守護者が息を呑む。
『七光輪……完全顕現だ。全力で来るぞ』
神が両腕を広げた瞬間、世界が白に塗り替わった。
熱も冷たさもない――ただ“消える”だけの光。
私たちはその中心へ向かって、同時に踏み出した。