第37話 炎の記憶、守護者の真実
視界を覆う白は、炎の輝きではなかった。
それは――記憶の海。
漂う光の粒が、触れるたびに誰かの声や景色を流し込んでくる。
私はそこに立っていた。
足元には何もなく、ただ無限に続く白の中で、炎だけが色を持っていた。
◆◇◆
蒼い炎の中に、ひとりの女性が佇んでいる。
銀の髪に琥珀の瞳。私と似ているが、どこか違う――その人は微笑み、静かに言った。
「やっと来たのね、後継者」
「……あなたは?」
「私は初代の守護者。この炎の最初の持ち主」
胸の奥で、私と共にある声――守護者が応える。
『そうだ。彼女は、私の“始まり”』
◆◇◆
彼女は私の手を取り、周囲の光をかき分ける。
すると、景色が変わった。
広大な大地に、かつて存在した都がそびえ立ち、その中心に巨大な白銀の炎が揺らめいている。
「神の火は、創造と破壊を両方持つ。
かつて人々はそれを信仰し、恩恵を受けていた」
だが次の瞬間、炎は暴走し、都市は光に飲まれて消えていった。
「創造は、すべてを一度壊すことから始まる。神は再生のために、命を容赦なく燃やした」
「だから……封印したの?」
彼女は頷く。
「けれど封印は永遠じゃない。神の火は、必ず外に出ようとする。
その時に備えて、炎を受け継ぐ者が必要だったの」
◆◇◆
初代の守護者は、私の頬に手を添えた。
「あなたは最後の継承者。私たちが積み重ねた命の灯を使いなさい」
「命の……灯?」
「私たちはみな、この炎と共に命を削ってきた。あなたの中の炎は、歴代守護者の想いそのもの」
その言葉と同時に、私の周りに無数の影が現れる。
男女、老若、種族も様々な彼らは、静かに私を見つめ、頷いた。
『エリシア、私たちを燃やせ。神の火に立ち向かうために』
声が重なり、胸が熱くなる。
◆◇◆
だが――別の声が割り込んだ。
低く甘く、誘惑するような声。
『やめろ。彼らを燃やせば、お前も長くは生きられぬ』
振り返ると、そこに白銀の炎の核があった。
形は人のようでありながら、目も口もなく、ただ光だけが揺らめいている。
『お前は器だ。私と一つになれば、命も力も永遠になる。
世界を焼き直し、美しく保てる』
「永遠なんて、いらない」
『ならば、死ぬぞ』
心臓が痛み、呼吸が荒くなる。
選ぶのは――自分の命か、世界か。
◆◇◆
初代守護者が私の手を握り、炎を託す。
「怖がらないで。命は燃えても、想いは消えない」
その言葉に、私は小さく息を吐き、決意した。
「……全部、燃やす」
瞬間、歴代の守護者たちの炎が私に流れ込み、蒼炎は黄金を飲み込み、白銀とぶつかり合った。
光が爆ぜ、記憶の世界が砕ける。
◆◇◆
目を開けた時――私はまだ灰の門の前に立っていた。
体の奥底から、これまでにない熱が溢れている。
神の火の鳥が、低く唸り声をあげた。
『……面白い。ならば、その命ごと試してやろう』
最終決戦が、現実で始まろうとしていた。