第36話 神の火、降臨
開きかけた灰の門から、灰色の風が渦を巻きながら吹き荒れた。
その風の中には光の粒が混じり、触れた岩や武具を音もなく崩れさせていく。
「下がれ!」
アレクシスが私の腕を引き、身を庇うように立ちはだかる。
だが、その視線は門の奥――そこから迫る“何か”に釘付けだった。
◆◇◆
それは、炎だった。
しかし赤でも青でもない、白銀の炎。
炎でありながら冷気すら感じさせ、触れた空間そのものを溶かし、再構築していく。
『――あれが、神の火』
守護者の声が低く震えた。
『かつて我らが王すら制御できず、封じられた……根源の炎だ』
「これが……世界を救うって言うの?」
私は殿下を睨む。
彼は一歩前に出て、その炎に手を差し伸べた。
「そうだ。この火で、すべてを作り直すのだ」
◆◇◆
次の瞬間、白銀の炎が門を抜け、殿下の腕を包んだ。
しかし彼は悲鳴を上げず、むしろ恍惚とした表情で炎を抱き込む。
「……これが、神の温もり」
その言葉と同時に、灰霧が一層濃く広がり、私たちの視界を奪った。
刺客たちは炎に触れた瞬間、光となって消えていく。
それは焼かれるのではなく、“存在を塗り替えられる”ような感覚だった。
◆◇◆
『止めろ、エリシア。あれは再生ではない。焼き尽くして、模造品に置き換えるだけだ』
守護者の声は鋭い。
『その瞬間、元の命は二度と戻らぬ』
胸の奥で炎がざわめく。
今なら――自分の炎を、あの白銀の火にぶつけられるかもしれない。
「アレクシス、道を作って!」
叫ぶと、彼は一瞬こちらを見て頷き、前へと切り込みを入れた。
ミレーユの雷撃とルシアンの矢が炎の渦を切り裂き、私はそこへ飛び込む。
◆◇◆
右手を掲げ、蒼炎を呼び出す。
炎と炎が向かい合い、空気が悲鳴を上げるように軋む。
白銀の火は、まるで私を歓迎するかのように形を伸ばし――そして絡みついてきた。
『……面白い。お前もまた、火の器か』
耳の奥に、白銀の炎の声が直接響く。
『ならば一つになろう。世界を焼き直すために』
「そんなの、絶対に嫌!」
私は叫び、全力で蒼炎を放った。
蒼と白銀がぶつかり合い、光が爆ぜた瞬間――
世界は真っ白に染まった。