第35話 灰の門、開かれる刻
峡谷を抜けた先に、それはあった。
半円形の巨大な石造りの門――表面には古代文字と封印の紋章が刻まれ、中心には脈動する灰色の光が渦巻いている。
近づくたびに胸の奥がざわめき、あの赤い瞳の声が低く響く。
『……来たか。だが、もう遅い』
◆◇◆
門の前には殿下が立ち、その左右に刺客たちが整列していた。
中央には、灰色の瞳の男――カディルが膝をつき、地面に描かれた複雑な魔法陣へ鍵をはめ込もうとしている。
「やめろ!」
叫びながら駆け出すと、殿下が振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。
「ようこそ、エリシア嬢。間に合ってよかった。あなたには、門が開く瞬間を見届けてもらいたかったのです」
「世界を滅ぼすために?」
私の問いに、殿下は首を振る。
「滅びではありません。灰の門の向こうには“根源”がある。
それを取り戻せば、この腐った世界は再生するのです」
◆◇◆
カディルが鍵を回すと、魔法陣が淡く光り、門の紋章がひとつ、またひとつと砕けていく。
その光景に、胸の奥の炎がざわめいた。
『止めろ。今すぐ』
守護者の声は切迫している。
『門が完全に開けば、こちら側の世界は灰に覆われる』
「そんなこと、させない!」
蒼炎を呼び起こし、前に出ようとした瞬間、刺客たちが一斉に剣を構えて立ちはだかった。
◆◇◆
ルシアンとミレーユが左右から援護に入り、アレクシスはまっすぐ殿下に斬りかかる。
剣戟と魔法の光が飛び交い、門の灰色の輝きがさらに強まっていく。
「エリシア、急げ!」
アレクシスの声が響く。
私は刺客の隙を突き、魔法陣の中央へ駆け込む――しかし、そこでカディルと刃を交えた。
「お前にはわからない。門を閉ざすことが、この世界をゆっくりと殺しているということが!」
「だからって……何を呼び戻そうとしてるの!? あの向こうにあるのは――」
「俺たちの祖が失った“神の火”だ!」
◆◇◆
刃を押し返した瞬間、門から眩い光が溢れ、強烈な衝撃波が走った。
体が宙に浮き、岩の地面に叩きつけられる。
耳鳴りの中、視界に映ったのは――ゆっくりと開いていく灰の門。
その向こうには、形容しがたい光と影の渦。
空間そのものが軋む音が響き、灰色の風がこちら側へ流れ込んでくる。
『……もう、後戻りはできぬぞ』
守護者の声が、低く、重く響いた。
私は震える手を握りしめ、まだ立ち上がらなければならないと自分に言い聞かせた。