第33話 蒼炎の初陣
翌朝、峡谷の入り口に辿り着いた。
切り立った灰色の岩壁が空を塞ぎ、底の見えない深い谷が左右に口を開けている。
その中央に一本だけかかった古びた吊り橋――そこが唯一の進入路だった。
風は冷たく、谷底からはかすかに低い唸り声が響く。
それはまるで、封印の奥で眠る何かが呼吸しているようだった。
「……急ごう」
アレクシスの言葉に頷き、吊り橋へ足をかけた、その瞬間。
矢が風を裂き、私たちの足元の板を貫いた。
◆◇◆
岩壁の影から現れたのは、昨日の刺客たち。
そして、その先頭に立つ灰色の瞳の男。
「封印の鍵は……返してもらうわ!」
叫びながら駆け出すと、男は薄く笑った。
「それはできない。お前たちこそ、引き返すんだ。門は開く。それが、この世界を救う唯一の道だ」
「救う……?」
信じられず問い返した瞬間、彼が手を振ると、後ろから灰色の霧が吹き上がった。
霧の中から現れたのは、骨と灰で形作られた獣。
眼窩に赤い光を灯し、低く唸っている。
◆◇◆
ルシアンが弓を放ち、ミレーユが雷撃を放つ。
だが獣は怯むどころか、灰の体を再構築しながら迫ってくる。
胸の奥が熱くなる。
――貸そう、私の炎を。
守護者の声がよみがえり、右手が蒼く光った。
「……来て!」
掌から溢れた蒼い炎が、獣の灰の体を包み込む。
炎は音もなく、しかし確実に灰を燃やし、空気ごと浄化していった。
「な、何だこの炎……!」
男が目を細める。
「まさか、お前が……守護者の器か」
◆◇◆
彼の声には、驚きと――なぜか悲しみが混じっていた。
「ならば……なおさら止めねばならん!」
そう叫ぶと、彼は私に向かって一直線に駆けてきた。
刃が交わる寸前、アレクシスが割り込み、二人の剣が火花を散らす。
「今のお前を通すわけにはいかない」
「……昔の仲間が、ずいぶん変わったな」
二人の剣戟が響き渡る中、私は残りの刺客を蒼炎で焼き払い、吊り橋の先へ押し返した。
◆◇◆
やがて男は、深く息を吐きながら後退した。
「今は退く。だが次は……命を奪う覚悟で来る」
そう言い残し、霧の中へ姿を消す。
静寂が戻った吊り橋で、アレクシスは剣を収め、こちらを振り返った。
「……あの炎、何だ?」
答えられずにいる私を、彼はじっと見つめた。
その視線から逃れるように、私はただ峡谷の奥を見つめる。
――灰の門は、この先にある。