第31話 廃村の影
灰の峡谷までは、あと二日の道のりだった。
しかし、その途中にある村は――すでに死んでいた。
家屋は骨組みだけを残して崩れ、井戸は泥水に沈んでいる。
風が吹くたび、どこからともなく灰の粉が舞い上がった。
「……ここは?」
わたしが尋ねると、ルシアンが答える。
「グレン村だ。かつては峡谷へ向かう旅人の中継地だったが、十年前、灰霧の魔に襲われて廃墟になった」
アレクシスは無言で周囲を見回している。
その横顔は、いつも以上に険しい。
◆◇◆
村の中央広場に差しかかった時だった。
かすかな金属音――。
次の瞬間、屋根の上から影が飛び降りてきた。
全身を黒布で覆い、顔まで仮面で隠した者たちが四人。
手には短剣と投げナイフ、そして弓。
動きは無駄がなく、まるで暗殺者のようだった。
「……殿下の差し金か」
アレクシスが剣を抜くと同時に、影たちは一斉に襲いかかってきた。
◆◇◆
ルシアンが弓の矢を払い、ミレーユが魔法で足止めする。
けれど一人が巧みにわたしの背後を取り、短剣を振り下ろしてきた。
「――っ!」
とっさに下がろうとした瞬間、アレクシスが間に割り込む。
彼の剣が短剣を弾き、刃が仮面の一部を削り落とす。
◆◇◆
仮面の下から覗いたのは、灰色の瞳。
その瞬間、アレクシスがわずかに目を見開いた。
「……お前は、まだ生きていたのか」
刺客は何も答えず、代わりに懐から何かを取り出した。
それは――金色の封印の鍵。
「それ……!」
思わず声を上げたとき、もう一人の刺客が煙玉を投げ、視界が白く覆われた。
◆◇◆
煙が晴れたとき、刺客たちはすでに姿を消していた。
ルシアンが歯噛みし、ミレーユは悔しげに拳を握る。
「鍵を……取られた」
わたしは膝に力が入らず、崩れ落ちそうになる。
しかし、その隣でアレクシスが深く息を吐いた。
「……あの灰色の瞳。王宮の処刑記録にあったはずの者だ」
「処刑……?」
「俺の……かつての同胞だ」
その言葉に、わたしもルシアンもミレーユも言葉を失った。
◆◇◆
アレクシスは続ける。
「俺は――王宮の近衛隊にいた。だが三年前、殿下の命令に背いて追放された」
その瞳は、過去を振り払うように鋭かった。
「……あの刺客は、その時に死んだはずの仲間だ」
灰色の空が、さらに重く垂れ込めていく。
灰の峡谷が近づくにつれ、過去の影もまた姿を現し始めていた。