第25話 封印の夢
廃村を後にして、わたしたちは南の街を目指して歩き出した。
朝の空気は冷たく澄んでいるはずなのに、胸の奥に何か重いものが沈んでいる。
足音と風の音だけが続く中、ふいに耳の奥であの声が囁いた。
『……近い……器……』
思わず立ち止まり、振り返る。
けれど、誰もいない。
ルシアンが怪訝そうに眉をひそめる。
「どうした?」
「……何でもない」
そう答えるしかなかった。
◆◇◆
数刻歩いた頃、視界の端が揺れ始めた。
足元がぐらつき、遠くでアレクシスが何かを呼びかけている。
でも、その声はどんどん遠ざかっていく。
――気づけば、わたしは知らない場所に立っていた。
◆◇◆
そこは、薄暗い大聖堂のような場所だった。
天井は高く、壁一面に古い碑文が刻まれている。
中央には、蒼く光る巨大な扉があった。
扉の前に立つと、どこからともなく声が響く。
『……封印は……血で開く……』
その声は靄の囁きよりも、もっと深く冷たい。
「誰なの……?」
問いかけるが、返事はない。
代わりに、扉の表面に文様が浮かび上がる。
それはまるで、血管のように脈打っていた。
◆◇◆
ふと、足元に何かが落ちているのに気づく。
それは銀色の小さなペンダントだった。
拾い上げると、蒼い宝石がはまり、その中心に見覚えのある紋章が刻まれていた。
――アレクシスの剣に刻まれているのと同じ紋章。
胸がざわつく。
その瞬間、扉の向こうから何かが叩くような衝撃が走った。
『……目覚めよ……器……』
強烈な光が視界を覆い、息が詰まる。
次の瞬間――
◆◇◆
「エリシア!」
アレクシスの声で目を覚ました。
わたしは馬上に抱えられていた。
額には汗が滲み、息が乱れている。
「……夢を、見たの」
声は震えていた。
大聖堂、蒼い扉、そしてペンダント――すべてが鮮明に残っている。
アレクシスは一瞬だけ険しい顔をし、低く呟いた。
「……それは夢じゃない。封印だ」
彼の瞳には、わたしの知らない恐怖が宿っていた。