第24話 蒼き血の一族
翌朝。
廃村の空は薄曇りで、夜の靄の気配は嘘のように消えていた。
それでも、わたしの耳にはまだあの囁きが残っている気がした。
暖炉の火が消えかけた頃、ミレーユが椅子に腰を下ろした。
その目は迷いを帯びていたが、やがて静かに口を開く。
「エリシア。あんたに隠してきたことがある」
アレクシスがすぐに制止しようとするが、ミレーユは手を上げてそれを止めた。
「もう隠せないわ。昨夜の光を見た以上、ね」
◆◇◆
「蒼き血――それは、この大陸にかつて存在した《蒼焔の一族》が持つ特別な血筋よ」
その名は、どこか古い伝承の響きを持っていた。
「彼らは靄を裂き、封じる力を持っていた。けれど……その力は王家にとって脅威だった」
ミレーユは淡々と続ける。
「百年前、王は一族を粛清した。生き残りはほんの数人。そしてその末裔が――私たち」
その言葉に、胸がざわつく。
「私たちって……あなたと、アレクシス?」
ミレーユは頷く。
「そして、あんたも」
◆◇◆
アレクシスは険しい表情のまま、視線を逸らした。
「……だから言いたくなかった。お前まで巻き込むことになる」
「もう巻き込まれてるわ!」
声が自然と強くなる。
昨夜の靄の冷たさも、囁きも、忘れられない。
「それに……私の家族は? 本当は誰なの?」
ミレーユがわずかに言い淀み、視線を落とす。
「記録では……あんたの両親は、靄に襲われて亡くなった。でも、死体は見つかってない」
その一言が、胸の奥に新たな疑問を残した。
◆◇◆
ルシアンが腕を組み、口を開く。
「つまり、靄は蒼き血を探してる。だが何のためにだ?」
「封印を解くためよ」
ミレーユは短く答える。
「百年前、一族が命を賭けて封じた“何か”を。靄はその器を求めている」
“器”という言葉に、嫌な予感が背筋を走る。
「……まさか、それが私?」
ミレーユは答えなかった。
けれど、その沈黙が何よりも雄弁だった。
◆◇◆
アレクシスがゆっくりと立ち上がる。
「だからこそ、俺はお前を守る。殿下と対立してでも」
その声は低く、けれど揺るぎなかった。
「……殿下と、そんな理由で?」
わたしの問いに、アレクシスは一瞬だけ目を閉じた。
「殿下は“器”を利用するつもりだった。俺はそれを許さなかった」
その瞬間、昨夜の靄の囁きが甦る。
『……血は……目覚める……』
――まるで、それがすぐに現実になるかのように。