第21話 廃村の戦火
ざわ……ざわ……
外の闇が波打つように揺れ、靄が廃村を覆い始めた。
その音は、耳ではなく肌で感じるような不快さを伴っている。
「来たか」
ルシアンが剣を抜き、窓の外を睨む。
アレクシスも立ち上がろうとするが、まだ足元はふらついていた。
「無理しないで」
わたしは思わず彼の腕を掴んだ。
しかしアレクシスは静かに首を振る。
「お前を守るのは俺だ」
◆◇◆
その言葉に返す間もなく、扉の外で何かが叩きつけられる音が響く。
板がきしみ、粉塵が舞い上がった。
ミレーユが外套を翻す。
その手には、細身の銀色の剣が握られていた。
刃は細く長く、まるで月光を凝らしたように淡く光っている。
「……出るわ」
「一人で行くつもりか」
ルシアンが険しい声を投げる。
「時間を稼ぐ。それが今の最優先」
そう言い残し、彼女は扉を蹴り開けた。
◆◇◆
外はすでに靄で視界が霞んでいた。
けれど、その白い濁流の中で、ミレーユの剣だけが鮮やかに閃く。
しゅん、と風を裂く音。
次の瞬間、靄の一部が切り裂かれ、黒い煙のように消えた。
あれは……ただの霧じゃない。何かを「斬られた」かのように、苦しむ気配がある。
「ミレーユ……あんな戦い方を」
ルシアンが驚きを隠さず呟く。
その視線は、戦いの一挙手一投足を見逃さない。
◆◇◆
だが靄は次々と形を変え、廃屋を取り囲む。
窓の隙間からも、冷たい指のような影が伸びてきた。
「来るぞ!」
ルシアンが叫び、剣を振り払う。
靄は金属音と共に弾け、再び形を崩す。
アレクシスはまだ完全ではない体で、わたしを背に庇いながら剣を構える。
その背中は傷だらけなのに、揺らぎはなかった。
「離れるな、エリシア」
その声が、不思議と恐怖を和らげる。
◆◇◆
外でミレーユが叫ぶ。
「ルシアン、北側を塞いで! アレクシスは中から守って!」
指示が飛び交い、戦場は混沌としていた。
靄は獣のような唸りを上げ、屋根に、壁に、足元にまで迫る。
その中で、わたしは――気づいてしまった。
ミレーユの剣から溢れる光は、アレクシスの瞳の色と同じ、淡い蒼色だった。
まるで、血のつながりを示すように。