第19話 廃村の来訪者
外の足音は、ひとつ、またひとつと近づいてくる。
それは靄のような不規則さではなく、明らかに人間の歩みだった。
ルシアンは音もなく扉の前に移動し、剣の柄に手をかける。
アレクシスも立ち上がろうとするが、わたしは咄嗟に腕を押さえた。
「まだ無理よ」
「……大丈夫だ」
彼の低い声が、かえって不安を煽る。
足音が扉のすぐ外で止まった。
◆◇◆
――コン、コン。
廃屋の扉が二度、静かに叩かれる。
ルシアンが目で合図を送り、わたしは暖炉の影に身を隠した。
アレクシスもわずかに後退する。
「誰だ」
ルシアンの声は氷のように冷たかった。
しばしの沈黙のあと、女性の声が返ってきた。
「……ルシアン? あなたなの?」
驚いたように、彼が一瞬だけ剣を下ろす。
しかしすぐに警戒を取り戻し、扉を開けた。
◆◇◆
月明かりの中に立っていたのは、黒い外套を羽織った細身の女性だった。
肩までの銀髪が光を反射し、その瞳は夜空のように深い青をしている。
「……ミレーユ」
ルシアンが名を呼ぶ。
その声音には、驚きと警戒が入り混じっていた。
「生きていたのね……本当に」
彼女は淡く微笑んだが、その視線がアレクシスに向いた瞬間、笑みはすっと消えた。
「――あの人に似ているわ」
低くつぶやく声が、妙に胸に引っかかった。
◆◇◆
アレクシスは表情を変えず、ただじっと彼女を見返していた。
しかし、わずかに手が拳を握りしめている。
「用件は」
ルシアンが短く問う。
ミレーユは一歩踏み込み、暖炉の光の中に入った。
「あなたたち、靄に狙われているでしょう。……それだけじゃない。殿下も動いている」
その声には切迫感があった。
「知っている」
アレクシスの返事は冷ややかだった。
ミレーユはため息をつき、わたしを見やった。
「……あなたが、エリシア?」
頷くと、彼女の瞳がわずかに揺れた。
「彼の……あの人の、面影がある」
その言葉は意味深で、そしてどこか哀しげだった。
◆◇◆
沈黙が落ちる。
ルシアンが苛立ったように髪をかき上げる。
「回りくどい話はやめろ。お前は何者で、何が目的だ」
「――私は、アレクシスの過去を知っている」
ミレーユの声は淡々としていた。
その言葉に、アレクシスの目が鋭く光る。
暖炉の炎が、三人の影を壁に揺らす。
外では、風が再び廃村を撫でていた。