第18話 廃村の灯
川を越え、さらに一刻ほど歩いた頃、木々の間から灰色の屋根が見えた。
近づくと、それは朽ちかけた家々――廃村だった。
壁は苔に覆われ、窓は板で打ち付けられている。
けれど、雨風をしのぐには十分だ。
「ここなら、しばらくは隠れられる」
ルシアンが家の扉を蹴り開け、中を確かめる。
わたしとアレクシスも後に続いた。
埃っぽい空気が肺に入り、くしゃみが出そうになる。
家具はほとんど壊れているが、奥の暖炉はまだ使えそうだった。
◆◇◆
乾いた枝を集め、火を灯すと、室内に温かな光が広がった。
アレクシスは壁際に座り、外套にくるまる。
その顔色はまだ悪い。
「……もう少し休んで」
わたしはそう言って水袋を差し出す。
彼は受け取り、ゆっくりと口をつけた。
その間、ルシアンは外に残って警戒を続けているようだ。
窓の隙間から見える背中が、月明かりに淡く照らされていた。
◆◇◆
やがてルシアンが戻り、剣を壁に立てかけた。
「しばらくは安全だ。……今のうちに話しておく」
彼はそう前置きし、低い声で続けた。
「殿下は、アレクシスを生かしてはおかない。お前を奪うために、必ずまた動く」
「そんなこと……」
わたしが言い返そうとしたとき、アレクシスが静かに口を開いた。
「知っている。だから俺は、お前を殿下のもとへ返さない」
その瞳は真っ直ぐわたしを見つめていた。
ルシアンが苦笑する。
「お前ら、俺を完全に敵扱いだな」
「違う。ただ、信用するには理由が足りないだけだ」
アレクシスの声は冷ややかだった。
◆◇◆
その後、会話は途切れ、暖炉の火だけがぱちぱちと音を立てた。
わたしは外套を少し彼に掛け直し、火のそばに座る。
――そのとき、微かな音が聞こえた。
廃屋の外、枯れた地面を何かが踏みしめる音。
ルシアンとアレクシスが同時に顔を上げた。
「……靄じゃない。足音だ」
ルシアンが囁く。
火の影が壁に揺れ、緊張が走る。
廃村に潜むのは、靄だけではないのかもしれない。