第11話 月下の潜入
夜半過ぎ。
屋敷の裏口から外に出ると、月明かりが石畳を銀色に照らしていた。
アレクシスは黒い外套に身を包み、短剣と小型の魔導具を腰に装備している。
「本当に……行くのですね」
「ああ。だが、危険を承知で来ると言ったのは君だ」
その言葉に、わたしは小さく頷いた。
真実を知らないまま守られるだけの存在でいるのは、もう嫌だった。
◆◇◆
城の外壁は高く、夜の闇に溶け込んでいる。
アレクシスは小型の魔導具を起動させ、壁面に青白い光の足場を作った。
「足を滑らすなよ」
彼の手を借りてよじ登り、城内の中庭へ降り立つ。
月光の下、噴水の水音だけが響いていた。
廊下を進むたび、アレクシスの気配が背中を支える。
扉の前で立ち止まると、彼は耳を澄ませ、静かに呟いた。
「……中に二人。見張りだ」
指先ひとつで、見張りたちは音もなく眠りに落ちた。
魔術と暗殺術が融合した、彼独特の戦法だった。
◆◇◆
辿り着いたのは、王宮の奥深く――通常なら王族しか入れないはずの禁忌の間。
黒曜石の扉には、複雑な封印魔法が施されている。
「ここに……昨夜の獣の召喚記録があるはずだ」
アレクシスが詠唱を始めたそのとき――
廊下の奥から足音が近づいてきた。
月明かりの中に現れたのは、金髪を持つ青年。
完璧な笑顔を浮かべ、ゆったりと歩いてくる。
「……殿下」
胸が強く締めつけられる。
だが、その瞳には以前の優しさは微塵もなかった。
「こんな夜更けに、何をしているんだい、エリシア?」
声は甘い。けれど、その奥には冷たい刃が隠されていた。
「まさか、僕の計画を邪魔しに来たわけじゃないよね?」
アレクシスの剣先が、殿下の胸元へ向けられる。
殿下は微笑みを崩さぬまま、その刃を指先で軽く押し返した。
「アレクシス。君が僕の駒を壊したせいで、計画が少し遅れたよ」
その一言で、すべてが繋がった。
昨夜の獣――やはり、殿下が。
「どうして……そんなことを」
わたしの問いに、殿下は笑みを深めた。
「簡単だよ。エリシア、君は“扉”を開く鍵だからさ」
その瞬間、背筋に氷のような恐怖が走った。