表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/81

第二十七章 髪飾りの呪縛(第六話)

人は、恐れに呑まれたとき、最も取り返しのつかぬ選択をする。

宗真に呼び出された龍之介は、縁側に腰を下ろし、静かに息を吐いた。

沈黙を破るように、龍之介が問う。

「道善殿と、何を話していたのだ。死のうとした理由は聞けたか」

宗真に手招きで呼び出された龍之介は、縁側に腰を下ろしていた。


「道善殿と、何を話していたのだ。死のうとした理由は聞けたか」


「全部を言葉にできるほど、先生自身が整理できているわけではなかったよ。ある程度は、なんとか聞かせてくれたが……」


「ほう」


「根にあるのは、紗凪ちゃんを斬った罪悪感だ。ただ今回の突発的な行動は、それが理由ではない」


「清志郎のことか」


宗真は、静かに頷いた。


「私たちと同じように、清志郎が澄斬姫と接触したことには勘付いていたそうだ。しかし、今日、あいつの腹の傷を目の当たりにして、完全に動転してしまったらしい」


「死人が何事もなく帰ってきたようなものだからな。常軌を逸しているのは確かだ。だからといってなぁ、それでいきなり死を選ぶか?道善殿ほどの男が。儂には、どうにも腑に落ちん」


「先生は澄斬姫の力が、思っていた以上に清志郎に及んでいることに、恐れを成したようだ。今、村で一番腕が立つのは清志郎だ。清志郎を利用して誰かを殺そうとしているのではないかと……そう思っているような口ぶりだった」


「誰をじゃ?」


「これは私の予想でしかないが、澄斬姫が直接手を下せぬ誰か……つまり、護符の札をもっている者ではないかと」


龍之介は、懐にしまっていた宗真に貰った札を取り出し、口をへの字に曲げた。


「なるほどのう。しかし儀式は滞りなく行われてきたのであろう?澄斬姫は何が不満なのじゃ。個人的に恨みがある者でもおるのか?」


「それが分かれば、苦労しないよ。こちらだって、打つ手もあるというものだ。清志郎が村に帰ってきて接触した札を持つ者は、今のところ二人。道善先生と玄庵先生だ」


「清志郎は、二人の前では正気だぞ」


「そうだな。お二人の可能性は低いと考えていいだろう。その点、私の父は危ないかもな」


龍之介は、数日前の宗真との会話を思い出していた。


「そういえば、ご住職は、澄斬姫と思われる女に、遭遇したことがあったのだったな」


「そうさ。しかも、『その札さえなければ、すぐにでも殺してやるのに』と言われたらしいのだ」


宗真は、苦笑いしてみせた。

反対に龍之介の顔は、強ばった。


「ご住職が儀式を、本当は取り止めたいと思っていることを知ってのことだろうか?」


「それなら、道善先生や玄庵先生も同じではないか?まぁ、寺の住職という職業柄、父は目立ってしまうと思うが」


宗真は腕を組み直し、考え続ける。


「澄斬姫は祟り神であろう?仏に仕える者が気に入らぬのでは?」


龍之介はいたって真面目に言ったというのに、宗真は少し鼻で笑ってから答えた。


「仏が気に入らないか……それで清志郎と気が合ったのかもな」


「おい、冗談を言ってる場合ではないぞ。忙しいことにして、暫くは朝比奈家に来させてはならぬぞ。澄斬姫の力を宿した清志郎には、儂では恐らく抑えられんぞ」


「わかってるよ。父には、ちゃんと伝えておく。すまないが、なるべく清志郎から目を離さないでくれ」


「ああ。しかし、道善殿の件はどう清志郎に説明する?あいつは、もう道善が死のうとしたのは、自分のせいだと思うておるぞ」


「清志郎がそう言ったのか?」


「いや、そういう目をしておった。少なくとも儂にはそう見えた」


龍之介の言うことは本当なのだろうと、宗真は特に理由がなくともそう思えた。

龍之介の観察眼は、なかなかに鋭い。


「……危険だな。真実を今あいつに話せば、全てを背負い込んでしまうだろう。……清志郎が村を去ってから、心配のあまり少々気が触れてしまった、ということにしておこう。『お前が安心させてやれ』とでも言うしかない」


「……酷な嘘じゃが、今はそれしかあるまいな」


気づけば、もう、日が暮れそうになっていた。

風が冷たくなり、二人の間を吹き抜ける。

紗世の声が聞こえなくなった。

治療が終わったのだろうか。

二人は様子を見に、居間へと戻った。



「清志郎、止血の薬と化膿止めの薬は塗った。儂でできることは、全てしたが、今夜は相当辛い夜になるじゃろう。恐らく熱も出るじゃろう。熱は無理に下げようとしなくて良い。但し、余りにも高熱で耐えられそうになければ、これを飲ませよ。解熱剤じゃ」


「ありがとうございました、玄庵先生。何とお礼を申して良いやら」


「お前も、戻ったばかりで疲れておろうが、今が正念場じゃ。二人とも、お前しか頼れる者がおらん。頼むぞ、清志郎」


玄庵は、清志郎の肩を軽くポンと叩いた。

彼なりに励ましてくれているのだ。

「また明日、様子を見に来る」と言い残し、玄庵と弟子は帰っていった。


二人を見送り、居間に戻ると、ちょうど龍之介と宗真が戻ってきたところだった。


「紗世ちゃん、辛かったろう。よくがんばったね」


紗世は精も根も尽き果てた様子で、横たわっていたが、宗真の言葉に少し、笑ってみせた。


「清志郎、儂たちにできることはないか?」


「じゃあ、すまないが、紗世の布団を持ってきてくれないか?今晩は居間に寝かせて、俺が看病する」


「わかった。任せろ」


龍之介は、紗世の部屋へと向かう。

今晩は眠れない夜になるだろう。

紗世は痛みと熱で一晩中苦しむはずだ。


「持ってきたぞ。この辺に敷けばいいか?」


「ああ、助かるよ」


龍之介が、布団を敷いてくれたので、清志郎は紗世を抱えあげ、布団に寝かせてやった。

こんな疲れ切った紗世の顔を見るのは初めてかもしれない。


「清志郎、道善殿の面倒や飯は、儂と宗真でなんとかする故、お前は紗世さんに着いていろ」


「すまない龍之介、宗真、助かるよ」


「私はこれで一旦失礼するが、明日の朝、また来るよ。朝飯は何か持ってくる。清志郎、道善殿のことは、父上に話しても構わないか?もちろん、他へ口外しないように釘は刺しておくから」


「ああ、構わないさ。ご住職にも、ご心配をお掛けするな」


宗真は寺へ戻り、龍之介も暫くすると部屋を出ていった。

清志郎と紗世は二人きりになった。

紗世が、か細い声で、清志郎の名を呼んだ。


「清、ちゃん……」


「紗世、どうした?大丈夫か?何でも言ってくれ」


「清ちゃんも、昨晩、あまり寝てないでしょ。ごめんね、疲れさせちゃって……」


「あ……」


水が飲みたいか、痛みを訴えるとか、そんな言葉を予想していた清志郎は、不意を突かれて絶句した。

一番辛いはずの紗世が、自分を気遣っている。

この事態を引き起こしたのは、自分かもしれないというのに。

その健気さと芯の強さが、罪悪感に苛まれる清志郎の胸に、温かくも鋭く突き刺さった。


「紗世、何言ってるんだ。紗世は何も悪くないじゃないか。すまない、俺がもっとしっかりしてりゃ……」


「清ちゃん……父上は、父上は……どうして死のうとなんて……したのかな?」


当然の疑問だった。

けれど、それは今の清志郎にとって、最も答えたくない問いでもあった。

心当たりはあるが、それを口にすれば、この優しい娘をさらに深く傷つけることになるだろう。

唇を噛みしめ、清志郎はただ一言絞り出すのが精一杯だった。


「……すまない。俺にも、わからないんだ」


紗世は、軽く首を横に振った。



夜も更けてくると、紗世は浅い呼吸を繰り返し、時折、眉をひそめて身じろぎした。

まるで、悪夢に魘されているようだ。

玄庵の言っていた通り、熱が上がってきた。

清志郎は濡らした布で額を拭き、そっと手を握る。


「……父上……どうして……」


寝言とも、うめき声ともつかぬ声が、か細く漏れる。

少しでも楽にしてやりたい。

だが、汗を拭い、そっと声を掛けて励ますことくらいしか、今の清志郎にはできることがなかった。

それでも清志郎は、一晩中眠らずに、紗世の傍らにいて、看病し続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ