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第二十七章 髪飾りの呪縛(第二話)

長いすれ違いの末に、ようやく紗世との絆を取り戻した清志郎。

だが、その幸福の裏側で、親友たちは彼の身を案じ、絶望的な真実に直面していた。

「生きていることが奇跡」

龍之介から告げられた言葉は、宗真の心を深く抉る。

友を救いたいと願う彼らの前に、人の力を超えた「澄斬姫」という巨大な壁が静かにそびえ立っていた。

清志郎と紗世が想いを通わせている頃、龍之介と宗真は昨夜の出来事について語り合っていた。

縁側に腰掛けた二人の視線の先には、紗凪が好きだった沈丁花が咲いている。


「龍之介、あの後どうしたんだ?」


「どうしたも何も、怒鳴っても揺さぶっても、魂の抜けた人形のようでな。仕方なく、家まで引きずるようにして連れ帰ったんじゃ。……問題はそこからよ」


神妙な面持ちで、宗真が尋ねる。


「何かあったのか?」


「清志郎を着替えさせようとしたときじゃ。一瞬じゃが、見てしもうたんじゃよ。奴の腹の傷を」


「せ、清志郎は、腹を負傷していたのか?」


宗真は驚きの声をあげた。

清志郎が無傷だとは思っていなかったが、まさか腹をやられていたとは。


「そうじゃ。しかも、かすり傷などではない」


「なんだって?酷い傷なのか!それで十日も帰れなかったというわけか。でも、痛みを堪えているような様子は……」


「宗真。清志郎は……生きていることが奇跡なのじゃよ」


「……それは、どういう意味だ?」


昨日の清志郎の不安定な様子が脳裏をよぎる。

宗真の握り込んだ手の内に、嫌な汗が滲んだ。


「背後から、腹を刺し抜かれた痕じゃった。儂が見た傷は、確かにそれを物語っておった。普通なら、死んでおるはずじゃ」


宗真の心臓が早鐘を打ち始める。

現実的な思考の持ち主である龍之介が、嘘をつくとは思えない。

――思えないが、疑問を呈さずにはいられない。


「……そんな。だが、清志郎はっ!」


「ああ。何事もなかったかのように、儂たちの前におる。傷は……不気味なほど綺麗に塞がっておったよ」


「どういうことだ?清志郎はなんと言っていたんだ?」


宗真は珍しく取り乱し、龍之介の肩を揺らした。


「落ち着け、宗真。お前らしくもない」


「す、すまない。つい……」


龍之介の肩から手を放し、謝罪した。

だが、その手は小刻みに震えたままだ。

龍之介はそんな宗真を見ながら、昨夜自分が受けた衝撃を反芻する。

宗真が落ち着きを取り戻した頃合いを見計らい、ゆっくりと清志郎から聞いたことを話し出した。


「蘭学を学んだ、えらく優秀な医者が治してくれたと言っておった。じゃが、あれは……とうてい人間の成せる技とは思えぬ。清志郎の話では、澄という女の護衛をしていた男たちに、その医者の元へ運び込まれ、三日間意識がなかったそうじゃ。目覚めたときには、既に傷は塞がっていたらしい」


人間の成せる技ではない――。


「その澄という女……龍之介、お前も私と同じことを考えているのか?」


龍之介は、宗真の目を真っ直ぐに見つめ返して頷いた。


「ああ。恐らく、澄は――澄斬姫じゃ。何故かはわからぬが、清志郎を死の淵から救い出したのは澄斬姫じゃよ。医者などではない。清志郎は騙されておる」


「清志郎は、澄斬姫を祟り神だと知らぬまま、自分を甲斐甲斐しく看病してくれた親切な女だと思っているのか」


「そうじゃ。じゃが、やはり冷静になって考えてみると、あの傷で助かったのはおかしいと清志郎自身も思っておるのじゃよ。自分が生きているのか死んでいるのかわからんと、訳のわからんことを言っておったのはそのせいじゃ」


「なんてことだ。だが、わからない!何故、澄斬姫は清志郎を助けたのだ?」


「夜中に一度、正気を失ってな。恐ろしいことを言っておったよ」


「な、なんと?」


「『自分の半分は……姫様のもの』と」


「――!」


(やはり清志郎、お前はもう……)


宗真は、そびえたつ見えない壁に全身をぶつけたような衝撃を受けた。

もう、自分の手には負えない領域かもしれない。


「澄斬姫は、清志郎を利用しようとしているのか」


「多分、な。その理由、お前にはわからぬか?」


「わかるわけ、ないだろ……」


まるで二人の心のざわめきを表すかのように、沈丁花が風に煽られて揺れた。



「よしっ、できたわ!」


四人分の膳を清志郎と並べ終わって、紗世は満足気だ。

昨晩残した料理も温めて盛り付け直し、朝比奈家としては豪勢な朝飯となった。


「清ちゃん、龍之介さんたちを呼んできて」


「うん、わかった」


清志郎が龍之介たちを呼びに縁側へ向かう。

龍之介たちは、これからどうすべきか話し合っていた最中だったが、素早く清志郎の気配を察知して口をつぐんだ。


「おい、龍之介、朝飯だぞ。宗真、お前も食べていくだろ?」


無理やり笑顔を作って、宗真が答える。


「わ、私もいいのか?急に来たというのに」


皆、昨日の夕飯は清志郎のせいで殆ど箸をつけられなかった。

気まずさが清志郎を襲う。


「昨晩の残り物もあるんだ。食べていってくれよ」


「そうか。では、遠慮なくいただいていくとしよう」


宗真の笑顔に清志郎はホッとする。

彼とは小さい頃から何度か衝突したことがあるが、後に引かない良い奴だ。

そんな性格の宗真だからこそ、今まで付き合ってこられたのかもしれない。


「清志郎、お前、紗世さんとは……」


龍之介が、宗真も気になっていたことを口にした。

何せそれが、一番の問題だったのだから。


「ん?ああ。ちゃんと謝って、赦してもらったよ」


「ほう。紗世さんは心が広いのう。儂が紗世さんの立場なら、軒下で既に名詞を見舞いしておるわ」


「ははっ、そうだな。龍之介ならやりかねないな」


清志郎の返事を聞いて、二人は安心したようだ。

紗世が赦していないとなれば、朝飯どころではなくなる。


「お前には、もうぶたれたじゃねぇかよ。この馬鹿力が!ほら、冷めちまうからいくぞ」


色々と問題は山積みだが、腹が減っては何とやらだ。

一先ず、二人は清志郎の後について行った。



「いただきます」


四人は声を合わせて、食事を始めた。


「昨日の晩飯は清志郎のせいで、ろくに食べられなかったからな」


「まったくじゃ。腹がぺこぺこじゃあ~。酒も飲み損ねたしの」


「悪かったよ。反省してるって」


「お二人とも、たくさん召し上がってくださいね。ご飯とお味噌汁は、おかわりもありますから」


三人のやり取りに、紗世はクスクスと笑っている。

龍之介と宗真には、紗世がやたらとご機嫌に見えた。

二人の間に進展でもあったのだろうか。


「紗世さんは、強い女子じゃの。この馬鹿のせいで辛い目に遭ったというのに、朝から働いて。儂ならフテ寝しておるわ」


「本当に。今朝の飯の支度なんて、全部清志郎にやらせればよかったんだよ」


「……」


清志郎は二人に散々責められるが、事実そうなので返す言葉もない。

黙々と白米を口へ運ぶ。


「いいんです。私も悪いところ、あったから」


「なに?」


紗世の言葉に、龍之介が素っ頓狂な声をあげる。


「紗世ちゃんに悪いとこなんて何もないだろ?」


宗真も何を言ってるんだと続く。


「紗世さん、清志郎に何か言われたのか?」


龍之介の言葉を聞き、何故そうなるんだと言わんばかりに、清志郎は反論する。


「ちょ、お前ら勘違いすんなよ!俺は責めたりなんてしてないぞ!」


「ち、違うんです。私、大事な約束を忘れてて。私も清ちゃんを傷つけていたの。だから、おあいこ。もう、大丈夫です!」


龍之介と宗真の声が重なる。


「約束?」


龍之介は間髪入れず、清志郎にその約束とやらが何なのかを問う。


「どういうことじゃ、清志郎?」


「お前らは知らなくていいんだよ」


清志郎は、ぶっきらぼうに答える。


「ご馳走様」


白米を掻き込み、さっさと朝飯を済ませると、要らぬ突っ込みが入る前に立ち去ろうとする。

膳を持って立ち上がり、紗世に声を掛けた。


「きょ、今日はさ、俺が先生に薬を持っていくよ」


「そう?じゃあ、お願いね」


「ああ」


結局、清志郎は二人の前で「紗世」と呼び捨てにすることはできなかった。

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