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澄斬姫 ―神殺しの男に背負わされた、復讐の妖刀―  作者: 白杜深月
第一部

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第五章 無神論者(第三話)

「道善の容態に変化があれば、すぐに知らせるのじゃぞ。近いうちに儂の方からも見舞いに行くと伝えておいてくれ」


 寺を出るとき、宗岳は門まで見送ってくれた。

 

「はい。道善先生も、ご住職にお会いすれば少しは気が晴れると思います。あの……今日は、お見苦しいところをお見せしてしまって、誠に申し訳ございませんでした」


 清志郎は、座禅堂で溜め込んでいた感情を吐き出したせいか、いつもの落ち着きを取り戻していた。己を恥じているのか、少し俯いていた。


「ご住職。私は、やはり、神仏はいないと思っておりますし、信じることなどできません。私の祈りが通じたことなど、ありませんから。でも、ご住職や宗真のことは……」

 

「わかっておるよ、清志郎。気にせんでよい。道善と同じように、この儂のことも、父親代わりに思って構わんのじゃぞ」


「……」


 その優しさが、かえって清志郎の胸を締めつけた。

 

「お気持ち、ありがたく存じます。では、これにて――」


「清志郎!」


 別れの挨拶を口にし、その場を去ろうとしたときだった。「ちょっと待ってろ」と言い残し、そのまま戻って来ないかと思われた宗真が、小走りに現れた。


「待て、清志郎。これを紗世ちゃんに渡してくれ」


 彼の手には、淡い桜色の和紙に包まれた小さな包みがあった。


「これは?」

 

「可愛い見た目をした菓子をいただいてな。お裾分けだ」


 宗真はこういうところによく気が利く。清志郎は、紗世が最近、菓子など口にしていたところを見ていない。

 

「そうか、きっと喜ぶよ。ありがとうな」


 宗真のこうした優しさは、昔から変わらない。この村にきたとき、すぐ打ち解けて遊んでくれたのは宗真だった。

 だが、大人になり、一緒にいる時間が極端に減ってしまった。お互い、歩む道が違っていたからだ。

 

「清志郎。また、来いよ」


「ああ。でも、今度は、お前が来いよ。紗世さんも会いたがってる。それから……」


 宗真は少しだけ目尻をほころばせた。


「それから……なんだ?」


「あ、いや、何でもない」


 宗真の瞳には、清志郎の言いたかったことを見透かしているような光が宿っていた。

 けれど、それを深く追求しようとはしなかった。


「じゃあな。紗世ちゃんに、よろしく伝えといてくれ。また、あの頃みたいに、心から笑える日が来るといいな」


 清志郎は、宗真に言えなかった。たまには昔のように、二人きりで語り合いたいという本音を。


◇

 

 道安寺からの帰り道、清志郎と龍之介は、しばらく無言で並んで歩いていた。ふと清志郎が口を開いた。


「幻滅したろう?」


「何にじゃ?」


「何って、俺にだよ」


「清志郎。そのようなことは――」


 清志郎は龍之介を見ずに、前を向いたまま、自虐的な言葉を口にした。

 

「いいんだよ。あれが本当の俺って奴さ。みっともなくて見てられなかったろ。自分でも、情けねぇ奴だと思ってる」


「清志郎……」

 

「すまなかったな、こんなんで。お前には、知られたくなかったんだがな」


 清志郎は、わざと軽い調子で言ったが、龍之介とまったく目を合わせようとはしなかった。

 清志郎の横顔には、少し乾いた笑みが浮かんでいた。龍之介は、座禅堂での清志郎を頭に浮かべた。


「あんなことを言うておったが、元は誰よりも、神仏に祈っていたのではないのか?」


「さて、そんなこともあったかな」

 

「裏切られた、見捨てられた。そう思うたのか?」


「子供心に、無駄なことをしたと、思っただけだよ」


(子供心に、か……)


 清志郎の両親は、彼が子供の頃、亡くなったと道善に聞いた。子供だった清志郎には、両親のために祈ることしかできなかったのかもしれない。しかし、その祈りはことごとく届かなかったのだろう。

 

「俺、座禅なんてしたら……お前の前で、隠してるもんまで出ちまう気がして……嫌だったんだよ。あんな風に、感情も抑えられないところなんて、知られたくなかった」


 清志郎の声音は、先程のものとは変わっていた。どこか縋るように震えていた。

 龍之介は突然、清志郎の両肩を掴んだ。不意をつかれた清志郎は、驚いて足を止めた。


「なっ、なんだよ?」

 

 龍之介の無骨で大きな手の熱が、清志郎の肩にじんわりと伝わってきた。


「清志郎。なにも神仏を信じろとは言わぬ。儂とて、その姿を見たことも、声を聞いたこともないからの。じゃが、儂のことは信じてくれぬか?」


「りゅ、龍之介……」


 清志郎は、龍之介の真剣な眼差しに捕らえられたように、目をそらせなかった。


「儂は今、お前の目の前におるじゃろう? 儂は、お前を裏切ったりはせぬ。見捨てたりもせぬ。どうじゃ、この声は、お前の耳に届いておるか?」

 

 逃げ場のない距離で、真正面からぶつけられる想いに、胸の奥がざわついた。龍之介の眼差しは、拒むには温かすぎた。


「龍之介……なぜ、俺なんかに、そこまで?」


 昨日、出会ったばかりの男が、そんな言葉をくれる理由が、清志郎には理解できなかった。この男は、体だけでなく心の器も、自分よりずっと大きいのだろうか。


「昨日、友になったじゃろう? 儂とお前は、もうそういう仲じゃ。ほら、そんな顔しておると、紗世さんが心配するぞ」


 もう、朝比奈家の屋根が木々の間から見えてきた。龍之介の言うとおり、紗世に情けない顔を見せるわけにはいかない。

 

「あ、ああ……わかったよ」


 清志郎は、ふっと肩の力を抜いた。そして龍之介に、今度は素直な笑みを返した。

《2026/08/15 第一回修正》

文章を整えました。

ダラダラと書いていた箇所が多かったので、スッキリさせました。

セリフはかなり変えましたが、話の内容は、ほぼ変わっておりません。


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― 新着の感想 ―
Xから来ました! ここまで読んだ感想かきます まず、序章のつかみが良かったと思います。清志郎が若返って?記憶を失っているのがなぜなのか、気になるところです 個人的にこの和風な感じ、タイトルの付け方、…
澄斬姫の序章から第五章まで、物語全体を貫くのは「斬る」という行為の象徴性と、それに伴う宿命の重さ。 人のために剣を振るう者が、やがて神話的存在と交わることで“自らの存在意義”を問われていく構成が見事で…
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