第6話 パパは公私混同しない主義なので(キリッ)
翌日の朝。
俺は騎士団に出勤すると騎士団長室で内勤だ。
「あいつら、今頃はしゃいでるだろうな~」
俺にとって今日はいつもの朝だが、入団試験受験者にとっては特別な朝。
朝から王都の広場では騎士団入団試験合格者発表が行なわれている。
今頃きっと広場では多くの若者の悲喜交々《ひきこもごも》が広がっていることだろう。オデットとシャロットも合格していると勘づいていても合格者リストから名前を見つける喜びは格別だ。
そんな難関試験を突破した若者たちを俺は騎士団団長として歓迎する。
今日の午後からの予定は入団式で歓迎の挨拶をしたあと、そのまま新人騎士の演習訓練を視察予定だった。
「団長、失礼します。そろそろ出発の準備をよろしくお願いいたします」
「もうそんな時間か」
「はい、広場には続々と合格者が集まっています。あと一時間ほどで入団式が始まりますのでよろしくお願いいたします」
「わかった。すぐに支度する」
俺は執務椅子からゆっくり立ち上がる。
新人騎士を歓迎するため、俺は広場へ向かうのだった。
俺が移動する馬車には二つの軍旗がひるがえる。
一つは騎士団の象徴、もう一つは騎士団長の象徴。
この旗を掲げると大通りでは多くの民衆が振り返り、なかには手を振って歓声を送ってくれる人もいるくらいだ。
広場に到着すると、すでに新人騎士たちは整列していた。
俺が馬車から姿を見せた途端、整列していた新人騎士たちが息を飲んだのが分かる。
どの新人騎士も真剣な顔で整列しているのに、雰囲気に興奮と高揚を隠しきれていない。俺に向けられる瞳がキラキラ輝いていて、尊敬しています! と全身で訴えてきているようだ。
俺はそれを一瞥もせず、士官に先導されて壇上へあがった。
新人騎士たちは口を引き結んだ真剣な顔で壇上の俺を見あげる。
もちろん俺も真剣な顔で新人騎士を見渡したが……、あ、いた!
オデットは前から五番目、右から七列目。
シャロットは前から四番目、右から六列目。
ああああああっ、ダメだ! ダメなのに視界の娘たちを意識してしまう!
だって入団式だぞ! 娘たちの晴れ舞台だぞ! そんな場合じゃないのに、娘たちの入学式とか思い出してしまう。
娘たちがまだ幼い頃、初めての学校に緊張しつつも晴れ着のドレス姿で俺に手を振ってくれた。
『パパ、みてる~!?』と笑顔で大きく手を振ったシャロット。
『パパ……』と恥ずかしそうに小さく手を振ったオデット。
俺は『こらこら、入学式だぞ。ちゃんと先生の話を聞きなさい』と注意しつつも内心嬉しかったのを覚えている。
しかしもう娘たちは幼い子どもじゃない。そして俺は騎士団団長。公私混同などもってのほかだ。
俺は顔面に緊張感を走らせた。キリッとした鋭い眼差しを作り、口元にぐっと力をこめる。厳格な騎士団長の顔だ。
「諸君、騎士団入団おめでとう。諸君が騎士団を志望してくれたこと嬉しく思う。諸君も知ってのとおり、十二年前に王都はダークドラゴンに破壊的な襲撃を受けた。あれから王都は復興したが、今でも癒えることがない傷を持つ者が多くいる。あのような悲劇を繰り返さないために我々騎士団は存在する。王国のため、民のため、力を尽くしてもらいたい。この栄誉ある騎士団の名に恥じぬよう、それを肝に銘じて日々切磋琢磨するように。騎士団は諸君らを歓迎する!」
「敬礼!」
士官の号令に新人騎士たちがいっせいに敬礼した。
新人ながら一糸乱れぬ敬礼だ。
俺は最後にさりげなく娘たちを視界に収めると壇上を降りた。
俺の挨拶が終われば次に副団長や来賓など序列で祝辞が続く。特に来賓の祝辞は長くて、背筋を伸ばしたまま微動もせず聞いている新人騎士が気の毒だ。
こうして入団式はつつがなく終了し、次は新人演習訓練が始まる。
各班に分かれて山に入り、そこに潜んでいる魔獣を討伐する。演習訓練では新人騎士が攻撃型か防御型かリーダー型かの適正を見極めるのだ。これによって新人騎士の騎士団内での初期配置が決定することになっていた。
俺は本部として設営された大型テントに入った。
本部にいるからといって俺は特にすることはない。演習訓練を指揮するのは部下の仕事なので、大型テントの奥にあるチェアに腰かけて報告を聞くだけだ。
テントに入ってきた士官が補佐官に報告し、補佐官が俺に報告する。伝言ゲームのようで面倒だがこれが縦社会というやつだ。
「団長、ご報告します。演習訓練が開始されました。新人騎士総勢五十五名、各班五人に分かれて山に入ったとのことです。こちらが各班の名簿です」
「ん、ありがとさん」
俺は名簿をたしかめる。
オデットは三班、シャロットは五班。首席合格した娘たちは別々の班になったようだ。
でも問題はない。この山に生息する魔獣は初級冒険者がちょっと苦戦するていどのレベルだ。娘たちはもちろん、他の新人騎士たちも問題なくクリアするだろう。むしろ騎士団試験の実技テストのほうが難しいくらいだ。
演習訓練が開始して一時間、俺は定期報告を聞きながら訓練終了を待つ。
新人騎士たちは各班で協力しながら魔獣を三体討伐しなければならない。山の各地に配置された騎士が各班の作戦行動や目立った活躍をする新人騎士をチェックしていた。
「報告します。現在、三班が二頭目の魔獣ガーゴイルに接触しました。首席合格したオデット・エインズワースを中心に見事な戦術で、……エインズワース、まさかこちらが団長の」
「いいからいいから、公私混同はなしで」
「申し訳ありません。団長の御令嬢が入団したと騎士団内では噂になっていましたので」
「気を遣わせて悪いな。でも俺の娘だからとか気にしないでいいから。他の新人騎士と同じように扱うように」
「はっ、申し訳ありません。承知いたしました」
士官が敬礼して下がる。
そうしているとまた別の士官が報告にきた。
「報告します。先ほど五班が二頭目の魔獣トロールに接触しました。首席合格したシャロット・エインズワースが一撃で討伐し、……エインズワース、まさかこちら」
「うん、そう、俺の娘。でも気にしないで。公私混同はなし。他の騎士と同じように扱ってくれ」
「はっ、申し訳ありません。承知いたしました」
士官が敬礼して下がる。
……わかってた。もう騎士団では俺の娘が首席合格したことは知れ渡っている。
幸いにも娘たちの優秀さは首席合格が証明している。さすがに俺の娘だからといって首席合格は実力でないと勝ち取れない。そのおかげで表立って妙なことを言ってくる者はいないが、それでも人の心は分からない。娘たちの同期のなかにはやっかむ者もいるだろう。それくらいでへこたれる娘たちではないが、それでも心配してしまうのは親心だ。もちろん公私混同はしないが。
こうして俺は演習訓練の報告を聞いていたが、――――ふいに、ザワリッ。
「っ、なんだこの気配はっ……」
ガタンッ! 立ち上がった勢いで椅子がひっくり返った。
本部にいた士官たちが驚いた顔で俺を振り返る。誰も気付いていないが微かに感じた極小の気配。
俺は急いでテントの外に出た。
そして演習訓練場の山を見据える。
山が……変わった?
今までなにも感じなかったのに、突如、山でなにかが出現した。