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第4話 家族会議……の前の夫婦の打ち合わせタイム



 帰路の馬車が洋館の前まで来たところで馬丁官ばていかんに声をかける。


「ここまででいいぜ」

「え、しかしまだ門前です。正面玄関までまだ少し距離がありますが」

「いいからいいから」


 軽くいなして馬車を停車させた。

 王都の郊外にある俺の家は高い壁にぐるりと囲まれた洋館だった。騎士団長になって使用人をやとうようになったので広い家が必要なのだ。


かしこまりました。それではお疲れさまでした」

「ん、ご苦労さん。いつもありがとうな」


 俺は馬車から降りると裏庭に足を向けた。

 本当はすぐにでも家族会議を開きたいところだが、無策で家族会議に突入するなんて無謀むぼうな真似はしない。先に確認しておきたいことがある。


「アイリーン!」


 裏庭の洗濯干し場でアイリーンの姿を見つけた。

 メイドと一緒に洗濯物を干している。メイドが「ご主人様、お帰りなさいませ」と深々とお辞儀じぎした。

 洗濯物を干すのは本来ならメイドの仕事だ。でもアイリーンは時間があるときは手伝っている。それは洗濯だけじゃない、料理や掃除も一緒にしている。俺はアイリーンが少しでも楽になればと使用人を雇ったのに、アイリーンは結婚したばかりのつつましさのままなのだ。そういうところアイリーンらしいといえばアイリーンらしい。

 アイリーンは笑顔で出迎えてくれた。


「あなた、お帰りなさい。今日は早かったんですね」

「ただいま。ちょっとな、お前に聞きたいことがあって」

「あら、私に?」


 そんな俺たち夫婦の会話にメイドが気を利かしてくれる。


「奥様、あとはお任せください」

「ありがとう。あとは頼みました」


 アイリーンはそう言うと俺を正面玄関へと促す。


「さあ、あなた。こんな所ではなんですから家の中へ。お茶を淹れますから」

「ちょっと待て。家の中はマズイ、ここもマズイ」


 俺はそう言ってアイリーンを裏庭の物陰へ連れていく。

 家の中には娘たちがいるはずだ。

 だが物陰に入るとアイリーンがもじもじして頬を赤らめる。


「もう、こんな明るい時間から……。あなたったら……」


 アイリーンが俺の鍛えた胸板に手を置いて、指でぐりぐりぐり……。

 しかも上を向いて目を閉じ、「んッ」と唇を寄せられる。……すごいキス待ち顔してるけど、そうじゃない。そうじゃないんだ。


「アイリーン、話だ。ほんとに話があるんだっ」


 嬉しくないわけじゃないが今はそれどころじゃない。

 俺は改めてアイリーンを見つめる。


「お前、知っていたのか? オデットとシャロットが騎士団試験を受けていたのを」

「あっ……」


 アイリーンが「えーっと……」と目をらす。

 わかりやすい肯定こうていに俺は空をあおいだ。


「やっぱり知っていたんだな……」


 アイリーンは観念したように頷いた。


「あなたに黙っていたこと、ごめんなさい」

「話してくれればいいだろ。部下から報告されて驚いたぞ」

「私は話すように言ったんですけど、あの子たちがどうしても黙っててほしいって。……反対されると思ったみたい」

「反対するに決まってるだろ。騎士団だぞ? もしダークドラゴンや魔獣が現われたら最前線で戦うことだってあるんだ」


 俺の騎士団がパレードの行進訓練だけをしていればいい異世界ホワイト企業の時代は終わった。俺が終わらせてしまった。

 今の騎士団は王国から精鋭の扱いを受け、民衆からは殲滅騎士団なんて呼ばれている。

 どこの世界にそんなところに娘が入るのを許す父親がいるんだ!


「あの子たちはそれを承知でしたよ?」

「だからってなあ、まだ十四歳だろ……」

「あなただって十四歳で騎士団に入団したじゃないですか」

「うっ、それは……」


 それを言われたらなにも言えなくなる。

 そんな俺にアイリーンが小さく苦笑した。


「……叱らないであげてくださいね。あの子たちは真剣に騎士団に入団したくて試験を受けたんです。そもそも騎士団は生半可な気持ちで合格することなんてできないでしょう」

「それはそうだが……」


 実際、オデットとシャロットは首席合格だった。

 同世代の騎士志望者のなかじゃ飛びぬけた実力を持っている。新人ながら即戦力にもなるだろう。それは父親の俺が一番よく知っている。…………だからってなあ……。


「お前はいいのか? 娘たちが騎士団に入団しても」

「賛成かどうかは複雑ですが、それでもあの子たちが頑張っている姿を見ていますから」

「…………」

「話しくらい聞いてあげてくださいね」


 お願いですからねとアイリーンが俺をじっと見つめる。

 妻のお願いに俺はまたしても空をあおいだ。……こんなのズルいだろ。


「………………わかった。話だけなら聞いてやる」

「ありがとうございます。さあ、あの子たちが待ってますよ。いつもより早く帰ってきてくれましたから喜びます」


 アイリーンが俺の腕に手をかける。

 俺はアイリーンとともに家に入ると、帰宅を聞きつけたシャロットがバタバタと走って出迎えてくれた。


「パパ~、おかえりなさい!」

「ただい、おわっ、いきなり抱きつくな……!」


 まるでぶつかるような勢いで抱きついてきたのは双子の妹のシャロットだ。

 シャロットは大きな丸い瞳が特徴的なかわいい系だ。少し目尻がさがっているところも、肩まで伸びた黒髪をリボンで二つに結わえているところも親の欲目なしにかわいいと思う。


「シャロット、パパがびっくりしてますよ」


 ぶつかる寸前でアイリーンはさっと離れていてクスクス笑っている。慣れたものだ。


「だってパパが早く帰ってきてくれたから嬉しいんだもん!」


 シャロットが俺にぎゅ~っと抱きつく。

 赤ん坊のころから甘えん坊のシャロットは俺が帰宅するたびに抱きついて出迎えてくれる。そろそろ落ち着いてほしい気もするが。


「わかったから離せ。歩けないだろ」


 そう言ってシャロットの頭にぽんっと手を置くと、シャロットがニコ~ッと満面笑顔になる。

 ……だめだ、幼いころと変わらない笑顔になにも言えなくなる。


「パパ、今日はなにしてたの? ダークドラゴンと戦った?」

「今日は内勤だ。いつもパパばっかりダークドラゴン討伐してるわけじゃない」

「ええ〜っ、パパの戦ってるとこかっこいいのに~」

「そりゃどうも」


 悪い気はしないが、実際に俺ばかりが戦っているわけじゃない。

 この世界に英雄はいない。俺が英雄にならなかったからだ。だから世界の各国はダークドラゴンや魔獣から人々を守るために部隊を組織している。

 この王国にも騎士団以外に対幻獣部隊があった。


「シャロット、パパは疲れてるんだからいい加減にしなさい」


 ふと注意が飛んできた。双子の姉のオデットだ。

 オデットは涼しげな目元が特徴的な美人系だ。

 高嶺の花のような近寄りがたさも、腰まで伸びた艶やかな黒髪も親の欲目なしに綺麗だと思う。

 オデットはシャロットに厳しい顔を向けつつも、俺を見ると小さくはにかむ。


「パパ、おかえりなさい」

「ただいま、オデット」


 おいでと手招てまねきすると、小走りに寄ってきて俺にぎゅっと抱きつく。

 頭を撫でてやると照れくさそうに小さく笑った。

 優等生然としたオデットと無邪気なシャロットは一卵性の双子だが、その性格はまるで正反対だ。


「パパ、今日は早かったんですね。嬉しいです」

「まあな。今日は……、そうだ、お前たちに話がある」


 改まった俺にオデットとシャロットがきょとんとする。

 そんな顔もかわいいが、今はそれにほだされている場合じゃない。


「ちょっと居間にきなさい」


 俺は真面目な顔で言うと居間に向かって歩きだす。

 そんな俺のあとをオデットとシャロットは不思議そうについてきて、そのうしろをアイリーンがクスクス笑ってついてきた。





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