第2話 プライベート重視に定評のある俺【俺、誕生。そして結婚へ】
俺が転生したのはルテロニア王国の辺境にある小都市だ。
平民として生まれたが、付属されていた英雄スキルのおかげで剣と魔力の才能には恵まれていた。英雄スキルに裏打ちされた才能は努力と鍛錬で開花する。英雄スキルは戦闘面において万能の力を発揮するようだ。
でも俺はプライベートを重視したいので王国の騎士を目指すことにした。なぜなら王国で騎士というのは見栄えのいいエリート集団というだけで、その仕事内容は式典で華やかな隊列行進をするだけ。広報的役割が多いおかげで訓練は定時で終わる。しかも給金が他の一般職業よりも良かった。まさに異世界ホワイト企業というやつなのだ。
人生はライフイベントの連続だ。
俺の最初のライフイベントは十四歳の時に訪れた。
十四歳という異例の若さで騎士団試験に合格した。
騎士団試験に合格するために座学はもちろん、剣術槍術弓術馬術とあらゆる武術を習得した。英雄スキルがあるとはいえ騎士団は狭き門、入るまでが大変だ。プライベート重視の職場に就職するため、努力という先行投資を惜しまなかった。
そしてめでたく合格し、俺は故郷の小都市から王都へ移り住むことになったのだ。
「王都での新生活、緊張するけど楽しみね」
出発の朝、幼なじみのアイリーンが言った。
白い肌に琥珀色の瞳、陽の下で輝く長い金髪に花飾りをつけた姿は聖書にでてくる聖母のような美しさだ。
アイリーンの美貌は故郷で知らない者はいないほどのものだが、それなのに古着のドレスを着て、両腕には限界まで膨らんだ皮の鞄を持っていた。しかも背中には大きなリュックまで背負っている。
なんて格好だよ……。綺麗なドレスを着て馬車にでも乗ってるのが似合っている女なのにもったいない……。
「なんでだよ……。騎士団に入団するのは俺だけなのに、どうしてアイリーンまで王都に行くんだよ」
俺の家の三軒隣に住んでいるアイリーンとは赤ん坊のころからの幼なじみだ。
そんなアイリーンが俺に恋をしていることは知っていた。物心ついた一歳のころに「ちゅき」と告白されてから、三歳「しゅき」五歳「スキ」七歳「好き」九歳「大好き」十三歳「恋人になって」と告白され続けているのだから。
だが、はっきりいってアイリーンのことは妹のようにしか思えない。
同年齢だとわかっていてもアイリーンの笑顔は子どものように無邪気で、どれだけアピールされても俺にとっては妹のようだったのだ。
アイリーンを連れていく理由はない。でもアイリーンはしつこい。
アイリーンを連れていくか、否か……。
「私、王都では親戚の宿屋で働くことに決めたの。クレイヴは騎士、私は宿屋の従業員。お互いがんばろうね!」
「……まったく、仕方ねぇな」
ため息をついた。
連れていくしかない……。それだけの準備をしている。
俺がプライベート重視の仕事を自分で決めたように、アイリーンも自分で考えて仕事を決めていたのだ。アイリーンが王都に行く理由はたしかに俺を追いかけることかもしれない。でも王都で暮らす準備をアイリーンは自分の責任で終えていた。それなら俺が口出しする権利なんてないのだ。
次のライフイベントは十八歳の時だ。この時、俺は分団長まで昇進していた。
どうやら俺は出世コースに乗っていたらしい。
騎士団の上層部は『異例の若さで騎士団に入団し、最速で出世街道をばく進する若きエリート騎士』という看板騎士がほしかったからだろう。騎士団は王国にとってもはや広報以外の役目はないのだ。
だがそんな最中、出張先の田舎町がダークドラゴンの群れに襲われた。
空を覆うほどのダークドラゴンの群れ。町は阿鼻叫喚の大混乱に陥った。
田舎町には小さな部隊しか駐在しておらず、装備も最低限という最悪な状況だった。
選択肢は二つ。戦うか、援軍を呼びに行くか。
答えはノータイムで『戦う』だ。援軍を呼びに行っているあいだに田舎町は壊滅する。
このドラゴンウイングの世界ではダークドラゴンと戦うのは英雄の役目だ。だがこの世界に英雄は存在しない。ならば騎士である俺が戦わなければならない。
もちろん部下の騎士たちの中には反対する者もいた。でもそんな声は俺が戦いだしたらすぐに収まっていった。
ダークドラゴン討伐という実戦が俺の英雄スキルの能力を爆発的に上昇させたのだ。
ダークドラゴン討伐を終わらせて屍の山のいただきに立った時、ようやく援軍が到着した。
援軍の司令官は唖然として俺を見上げる。
「ク、クレイヴ分隊長殿。まさか、これをお一人で……?」
「……まあ、そうなるな」
こうして俺のダークドラゴン討伐はまたたくまに王国に広まった。
王都に帰還した俺を出迎えたのは人々の称賛の嵐だ。
俺をひと目見ようと人々が大通りを埋め尽くしていた。人々は歓声をあげて花びらを撒き、俺に向かって手を振っている。
どの人も笑顔で俺を迎えていたのに、一人だけ俺を睨んでいる女がいた。アイリーンだ。
アイリーンは気丈に俺を睨んでいるのに瞳には涙を浮かべていたのだ。
「アイリーン……!」
目が合うとアイリーンは逃げるように駆けだしてしまった。
俺はすぐにアイリーンを追いかけた。
それは衝動。
俺は幾千万の歓声よりもアイリーンを選んだのだ。
この選択で俺とアイリーンは恋人関係になった。
追いかけて捕まえるとアイリーンは心配したのだとぽろぽろ涙を零した。嗚咽を噛みしめ、声をださずに静かに泣く姿。
その姿は、もう妹のようには見えなかった。