第8話 定まらない答え
和平交渉実施の日が来た。不吉なのか、洗い流しなのか。
外は大雨が降っている。曇天の空が広がっている。
過激派は最後の妨害を、仕掛けるだろう。
和平が結ばれる前の、最後のチャンスだ。
今まで以上に、全力で、手段を選ばない。
「どうでも良い……」
相良はランタンを照らした洞窟で、寝ころんでいた。
誰にも知られていない。自分達だけの洞窟。
断片的に蘇った記憶にある。ここが逃げ道だった。
幼い頃、悪戯をして怒られた時。ほとぼりが冷めるまで、ここに隠れていた。
シソが食料を持ってきて、雨風過ごしていた。
ここに来れば、また逃げられる様な気がした。
「……」
相良は何も話さず、ただ天井だけを見つめている。
日記帳には『何も書く事はない』とだけ。
時間だけが過ぎるのを、ジッと待っている。
今が何時なのかも、どうでも良い。
とにかく頭に情報を入れたくない。
「酷い顔ですね。さよなら負けしたピッチャーより、酷い」
洞窟に足音が響いた。声を聞かなくても、誰か分かる。
シソはもう、助けてくれない。
今ここに食料を持ってくるのは、アリスだけだ。
「無限ループの、グルグル思考にでもハマりましたか?」
「もっと最悪です。俺は今、考える事さえ放棄している」
上半身だけを起こしながら、アリスを見る。
流石に大事前だけあって、今日の食事は貧相だ。
護衛の兵士に、食事を分配しているのだろう。
「ここにいるのも……。俺は目を背けたいだけです。自分の責任から」
渡されたパンをかじりながら、自分の手を睨む。
荒っぽくパンを引きちぎり、音を立てて噛む。
「最初に師匠の言葉を、聞いておくべきだったのかも……」
手を止めて、相良は俯いた。
自分はアリスの言葉を無視して、和平派に加勢した。
それが正しいと思ったから。助けたいと思ったから。
「関わらなければ。思い出さなければ……! こんな思いせずに、済んだのに……!」
口にパンがないのに、相良は食いしばった。
静寂だった洞窟に、音が響く。
「師匠なら……。こんな時でどうします?」
「私は軍人ですから。味方の被害を最小限に。問題を最短で解決します」
アリスは相良から、目を背けた。
「どっちの味方でもない場合、私なら感情でどちらを助けたいで選びます。でも今回は、どちらも助けたくない」
相良は自分の胸に手を当ててみた。
それでも動く気力が湧いてこない。
「じゃあこのまま……。誰かを見殺しにすれば良いんですか?」
相良はかすれた声で、アリスに聞いた。
アリスは彼に近づき、ポンっと肩に手を置く。
「その答えは私に出せない。無関係だからでなく、分からないから」
「それじゃあ……。無理じゃないですか……」
相良は腕から力が抜けた。また俯いて、雨の音が響く。
頭に登って来る激情を、脳が押さえつける。
「師匠に分からないなら、俺に分かる訳ないじゃないですか!」
「私は戦い以外のアドバイスは出来ない。私だって常に正解ではないのだから」
アリスは立ち上がって、背中を向ける。
相良は手を伸ばすが、足に力が入らず動けない。
「どこに行くんですか? 待って下さいよ!」
「私が居ても、貴方の悩みは消えない。私ではこの問題は解決出来ない」
アリスは相良を置いて、食料だけ残して外に出た。
また傍観者に戻るのだろう。ここは彼女達の世界ではないのだから。
当事者でない人間が、外から判断すべきでない。それが彼女の意志だ。
枕をジッと見つめる相良。食事が来たから、もう時間はないのだろう。
でも向かったところで、なにをすべき分からない。
ふと、ユウキがかつて教えてくれたことがまた蘇る。
『悩まないヒーローなんて居ない』
この言葉の意味は、相良には分からない。
悩まない、決断力がある人の方が格好良いのに。
どうしてヒーローは悩むのか。
「ユウキ先輩……。悩んだって、答えなんかでないっすよ……」
ユウキはこの状況を、どう見ているのだろうか?
介入しないのは、アリスと同じで世界の決定を見守っているのか。
それともとっくに敵を倒して、帰ったのか。
『一度出した結論だ。何度も悩んでな』
脳裏にまた声が聞こえる。記憶が蘇っていく。
結論への過程を思い出すほど、否定できなくなる。
『相手を知れば、共感するもの、反発するものが現れる。そうなれば、種族の対立では済まない』
「だが戦争が始まれば……」
かつての自分は、より犠牲の少ない道を選んだ。
知らない相手を犠牲にして、良く知る相手を守る道を選んだ。
「でも、ヒーローならそんな結論、出すのだろうか?」
また思考力を失っていく。これでは同じだと思いつつ。
相良は止めることができなかった。
そこへ新しい足音が響く。靴の違いでアリスじゃないと分からる。
「酷い面だな。泥まみれのガキでも、もう少し綺麗だぜ」
「ジン……」
洞窟に現れたのは、フードを取り暗殺者ではないジンだ。
以前向けられた憎しみが、表情から消え失せている。
「シソから聞いた。悲鳴を上げて、去っていったとな」
ジンは相良の隣に座る。
手元のパンを、勝手に取った。
「多分ここだろうと思ったよ。お前はきっと、また悩むと」
「悪いな……。お前に汚れ役を押し付けたのにな」
和平派の評価を思い出す。冷酷で残忍な暗殺者。
暗殺が仕事なのだから、情に流されてはいかない。でも。
目の前のジンは、冷たさを感じない穏やかな表情だ。
「俺の方こそ。お前に責任を押し付けすぎちまったのかもな」
「自分で引き受けたことだ。だから気にすんなよ」
「なら、俺も同じさ。お前とシソには、綺麗な英雄で居て欲しかったから選んだ」
こうして対等に接すると、昔の事を思い出す。
二人で大人をからかって、怒られて。
シソと一緒に洞窟に逃げて、談笑をしたっけと。
「俺達はもう直ぐ、一斉攻撃を仕掛ける。和平派にのみな」
「人界の使者を攻撃したら、相手に攻める理由を与えるからか?」
「ああ。別に俺達も、戦争がしたいわけじゃない」
神のシミュレーションを知っているのは、一部の者だけだ。
過激派には様々な理由で、参加する者が居た。
暴れたいだけの奴もいるが。みんな争うだけの理由がある。
「平和ならそれが良い。でも俺達は交流するには、文化が違い過ぎる」
ジンも残虐な暗殺者じゃない。彼だって、平和が好きだ。
相良もシソも、殆どがそうだ。
でも過激派は周囲からは、平和を乱す存在だ。それも理解している。
「俺達だって、既に仲間内で争っているからな。価値観の違いはそうなっちまうんだろう」
「教えてやろうか? 俺は自分の頭で、それが起きているぜ」
相良は皮肉交じりの笑みを浮かべた。
「そっか。お前は記憶を失って、異世界に行ったんだったな」
「あっちの世界は人間が支配しているよ。でも、人間同士で争っているけどな」
相良の説明に、ジンは首を傾げた。
「なんでだよ? 同じ人間同士なんだろ?」
「あっちは人間同士でも、文化に違いがあるんだよ。正解を押し付け合って、争いが起きている」
相良は自分で発した言葉を、耳で受け止めた。
皮肉でい言った言葉に、胸が締め付けられる。
「正解を……。押し付け合う……?」
相良は目を大きく開いた。
今起きていること。自分の悩み。異世界の争い。
何気なく話してまとめてみると、脳が刺激される。
「どうした? 急に顔が綺麗になったぜ?」
「ジン……。ちょっと、試したいことがあるんだ」
相良は胸をギュッと掴み、親友を真っすぐ見た。
「俺が壊れたら。俺が何も出来なくなったら。その時は……」
「……。お前の答えを尊重して、俺達なりのやり方をするよ」
二人はそれ以上の言葉を、必要としない。
相良は目を瞑って、脳内に。自分の精神に語り掛ける。
かつての自分と今の自分は、価値観が異なっている。
記憶を失って、触れる文化が変わったから。
同じ答えが出せなくなった。
「世界とか種族じゃなく、自分自身も同じなんだな……」
自分の記憶を刺激する。結論を出すまでの、過程を全てを思い出す。
真っ暗な空間に、相良は立っている。
目の前にはかつての自分の姿である、黒い鎧の騎士が居る。
相良のイメージでしかない光景だ。
人格が二つあるわけではない。どちらも相良なのだから。
「俺の答えを、受け入れる気になったのか?」
黒い騎士のソラは、真っすぐ手を伸ばす。
相良は首を振って、伸ばされた手を弾いた。
「分かんねえ。やりたい事も、自分の感情も分かんねえ」
頭を掻きむしりながら、腰の剣を構える。
「でも、アンタとぶつかり合えば。なにか掴める気がするんだ」
「異なる価値観の衝突か。確かに、俺達は都合が良いのかもな」
黒騎士ソラも、三日月状の剣を構えた。
相良のものと全く、同じ剣だ。
「お前は俺を論破できるのか? 俺以上の結論を出せるのか?」
「出来ないだろうな。でも……。ぶつかり合う価値はあると思うんだ」
正直な話、自分でもうまくいくとは思えない。
でもここから目を逸らすことは出来ない。
「そうだったな。俺は……。単細胞だ!」




