第4話 再起動する歯車
「協力、感謝するよ。相良君」
和平派と呼ばれる場所のアジトで、相良はダグマと握手する。
彼らは荒野にキャンプを仮設拠点を設置している。
荒野にあるテントの中で、相良は作戦会議に参加した。
「早速で悪いが、君に頼みたい仕事がある。こっちに来てくれ」
「見知らぬ俺を、いきなり信頼して良いもんなんすかね?」
「フフフ、それを言えるなら、信頼できるさ」
相良を不信がっているものは、大勢いるのだが。
ダグマは彼を信頼して、心臓とも言える拠点に連れてきてくれた。
「報告によれば、障壁が既に壊れているらしい」
表情を変えて、司令官らしく奥の席に座るダグマ。
相良は悪いと思い、作戦会議の椅子には座らない。
「これにより、過激派は大規模な攻撃が可能となった」
先ほどまでとは違い、神妙な言い方をするダグマ。
感じのいい騎士から、指揮官らしい態度に見えてくる。
「長年の隔たりで、人界の情報はない。過激派の本隊は、まず偵察をするはずだ」
人界側も同じことすると、ダグマは予測している。
偵察程度なら、大規模な戦闘は起きないという判断だ。
「だが軍に所属しないものが、勝手に人界の村で暴れる可能性はゼロじゃない」
種族によっては、人間よりはるかに個体力が高い。
少数でも、村を滅ぼすことが可能な者達が。
軍に所属していないなら、統制がないも同然だ。
「もし人界側に被害が出れば、説明責任が発生する。和平の道は遠のくだろう」
障壁のおかげで、交流することも出来なかった。
和平を結ぶには、これから慎重な協議が必要だ。
少しでもことをスムーズに運ぶため、余計な非は作りたくないのだろう。
「そこで我々は、過激派の後ろ盾となる戦力を削ぐことにした」
書記担当が、ホワイトボードに情報を書きだす。
暗殺者『ジン』と、名前が書かれた。
「過激派最高幹部にて、最も危険な男。ジンを捕える」
「ふむ……」
相良は渡されてた資料を見つめる。
ジンは過激派屈指の暗殺者であり。殺しに躊躇しない。
前の和平派総司令も、ジンによって暗殺されたらしい。
その冷酷さ、残忍さから、悪魔と称されているらしい。
彼の率いる組織は、徐々にジンの技が継承されている。
「かねてより計画していた、策を実行に移す」
「しかしそれは、ダグマ様が危険です! 貴方を失えば、今度は立て直しに何年かかるか……」
「我々には時間がない。焦りは彼らも同じだろう」
ダグマの作戦は簡単だ。自分を囮にする事。
過激派の幹部と対談を行い、ジンをおびき寄せる。
暗殺を警戒して、ダグマはここ最近公の場を避けていたのだが。
ジンをおびき出すには、確実に狙われる自分が囮になる必要がある。
わざと対談場所を向こうに指定させて、罠を張る。
「ジンを無力化し、過激派の動きを抑える。君達には護衛をお願いしたい!」
深々と頭を下げて、ダグマは叫んだ。
彼は誠実で、本気で平和を願っている。
和平に賭ける想いが伝わり、相良も気持ちが高まる。
「全ての種族が手を取り合う未来の為に。我らの戦いは本格的に始まる!」
ダグマの言葉と共に、テント内の騎士が歓声を上げる。
相良も立ち上がって、決意を表明しようとした。
『不可能だ。そんな未来はやってこない』
「え……?」
相良は周囲を見渡した。みんな歓声を上げている。
先ほどの声は、脳に直接響いたかのようなものだった。
***
相良もジンを捕える作戦に、参加していた。
対談場所は遺跡だ。過激派は隠れて、暗殺をするのが目に見えてる。
向こうが決める前に、和平派も場所は察知していた。
なので事前に罠を仕掛ける事が可能だった。
相良はまだ新参者なので、外の警備をしている。
「なんか、大変なんですね。和平って奴も」
相良は近くの騎士に、話しかけた。
自分を気にかけてくれる、先輩騎士なので話しやすい。
「まあな。人界への交渉。市民の防衛。過激派を抑える。山積みだぜ」
ダグマの護衛は以外にも少ない。
和平交渉を進めるため、数名の使者が人界に旅立った。
なので和平派の戦力は、現在半減している。
過激派と違い、大規模な攻撃を仕掛ける事も出来ない。
人界側に隙を見せないためにも、争いを避けたいという歯がゆさもある。
「だがジンを捕えれば、過激派も大分大人しくなる。頼んだぜ、新人!」
「押忍! まあ、外の警備っすけど」
罠は遺跡の中に張ってある。
ジンを見つけても、自分達は素通りさせて、中に入れなければ。
あくまで外の兵士は、不測の事態への対応が仕事だ。
作戦が上手くいけば、仕事はない。
相良は遺跡を見学しながら、待機していた。
「この遺跡、見覚えあるような気がするんだよなぁ」
相良は遺跡周辺を移動しながら、周りを観察する。
アリスから自分はこの世界の出身かもと、聞かされた。
裏付ける様に、遺跡を見ると懐かしい気持ちになる。
「ん?」
相良は不意に、外壁のレンガが気になった。
何てことのない、普通のレンガに見えるのだが。
相良は何気なく、押してみた。
三つのレンガを順番に沿って、押し込む。
無意識に取った行動が、意外な結果をもたらした。
遺跡の外壁が開き、奥に隠し通路が出現する。
「お、おい! なんだその通路は!?」
近くにいた衛兵が、慌てているが。
相良は静かに、通路を見つめていた。
脳が刺激されていき、懐かしさが蘇る。
同時に焦燥感を抱き始めた。
自分はこの通路の行き先を、知っている気がする。
「マズイ……! 作戦は上手くいかない! ダグマが暗殺される!」
隠し通路の先は、ダグマ達の対談の場所だ。
過激派……。ジンはこの通路の存在を見越して、遺跡を選んだ。
誰も知らないこの通路を使えば、和平派の罠は意味がなくなる。
薄々敵も罠の存在に気づいているとは思っていた。
ダグマも懸念から、罠は何重にも張ったが。
この通路の存在だけは、盲点だったはずだ。
「ほう。よくこの通路に気づいたな。だが足音は良くないな」
真っ暗な通路の先から、ナイフが飛んできた。
相良は咄嗟に剣で弾き、飛んで来た方向へ跳ね返す。
「ここは俺達がトゥリマル様から教わった通路だ。いわば神聖な場所だな」
足跡が聞こえて、徐々に近づいて来る。
真っ暗なので、お互いの顔を見ることが出来ない。
「部外者の血で汚すのは、正直不愉快だな」
「お前がジンって奴か?」
「っ!? その声……」
超えに詰まった返答と共に、暗闇を駆ける音が響く。
ナイフを握った腕だけが、闇から飛び出す。
相良は剣で攻撃を防いだ。
「お前……。ソラなのか?」
「なんで俺の名前を知っている? お前は何者だ?」
「俺の事が……。分からないのか?」
お互いが質問で返す。混乱している。
相良は頭痛が起きる。暗闇に紛れた人物の声が、脳に響く。
「まさか記憶がないのか? だから二年間も消息を絶ったのか?」
「二年? 俺が記憶喪失になったのは、半年前だぞ?」
アリスの言葉が、脳裏に蘇る。
異世界では時間の流れが、違うのだと。
「ソラ! そこを退け! 記憶を取り戻した後に、お前が苦しむことになるぞ!」
「でもお前は、ダグマを殺すつもりだろ! そんなこと……」
相良は言葉が詰まり、代わりに脳裏に映像が流れる。
蹴りを加えて、ジンの腹部を飛ばす。
「また、汚れ役を引き受ける気か? 綺麗な英雄像を守る為に……」
「お前なぁ……。どっちなんだよ!」
ハッとした表情になるジンだが、もう遅い。
通路に叫び声が響き、外に漏れた。
「俺達は上手くまとまっていない。今ダグマを暗殺しなければ、和平が結ばれる!」
「それの何が……」
再び言いかけたところで、脳裏に映像が蘇る。
鮮明に映る記憶が、現在の視界をジャックする。
炎に包まれた街。周囲に倒れる屍。
動物も植物も存在できない世界。
それなのに争いの音が聞こえる。
「そうか。お前はまだ、断片的にしか……」
陰湿さの消えた、心配する口調が耳に入る。
記憶でなく、耳がその声を覚えている。
それをかき消すように、背後から鎧の音が聞こえてきた。
「ちっ! ソラ、また会いに行く! それまで、余計な事をするな!」
ジンは相良の腹部を、殴りつけた。
まるで敵対していると、近くの兵士に見せつけるように。
「俺達は第二の作戦に出る。お前は、この場所から離れろ……」
小声で呟いた後、ジンは相良を突き飛ばした。
その後反対側に走る。駆け付けた騎士が後を追う。
「おい、大丈夫か!?」
先ほど外で話した騎士が、相良に駆け寄った。
額を拭ってみると、酷い汗が染みこんだ。
無意識に過呼吸にもなっている。明らかに動揺していると、自分で把握した。
「あ、ああ……。大丈夫……」
足に力が入らず、上手く立ち上がれない。
騎士はジンの攻撃で、ダメージを受けたからだと思ったようだ。
彼を支えて、医務室に運ぼうとした。
『全ての種族が、手を取り合う事など出来ない』
テントの中で聞こえた声が、再び脳に届く。
今度ははっきり、誰の声か認識できた。
『上位者が結んだ平和など、個人の感情を無視した行為に過ぎない』
冷たく、冷徹に。それでも決意を固めた声は。
ダッティの時の相良と、同じものだった。
『指導者は個人の感情に、責任を持たなければならない。ダグマはそれを無視している』
相良は深呼吸を繰り返して、頭の声を無視した。
彼は医務室で意識を失うまで、落ち着くことは出来なかった。




