第3話 二つの勢力
剣を握りながら、相良は不思議な感情が走る。
かけられた声。投げられた剣。全てが懐かしさを感じる。
頭に余計な情報が入り始める。剣を強く握って、雑念を消す。
「おい。街を壊すな。文句があるなら、声を出せ!」
相良はダッティに向かって、走り出した。
ダッティが再び地面を揺らそうと、動作を始める。
先ほどと距離は同じ。このままでは同じことを繰り返す。
相良の速度が先ほどと、同じならの話だった。
彼は高速移動で、一瞬でダッティに近づく。
動作中のダッティに、剣で足払いを行う。
「悪いが外で戦ってもらうぞ。ここじゃ迷惑だ」
相良は崩れたダッティを、アッパーで上空へ吹き飛ばした。
自身もジャンプで追いつき、空中での蹴りを行う。
ダッティを街の外に追い出し、戦闘場所を変える。
外の荒野に追い出されたダッティは、地面に倒れる。
両手を突きながら立ち上がり、直ぐに追いつく相良を睨む。
「なんだ、お前は!? さっきと、動きのキレが違い過ぎるぞ!」
「分かんねえ! なんか頭ん中が動き回ってんだ!」
相良も自分の動きが変わったことは、自覚している。
体の使い方が、無意識にあふれ出る。
剣の性能や能力が、頭に浮かんでくる。
「何も分かんねえけど。街で暴れる奴を、許さないぜ!」
相良は剣を構えて、ダッティに近づく。
ダッティは腕を振って、剣を狙った。
ロングソードの様に、弾き返せると思った。
大きな金属音と共に、空間に衝撃が走る。
ダッティの腕が弾かれて、相良は少し仰け反った程度だ。
「バカな……。俺がこんな貧弱な奴に、パワー負けしているだと?」
ダッティはショックを隠せない、表情をしている。
彼らは暗黒界の中でも、特に腕力が優れていた。
種族の特性が通用せず、焦っているのがうかがえる。
「うおおお! そんなはずはねえ! 俺達は最強の種族だ!」
ドラミングをしながら、自分を鼓舞するダッティ。
相良は何故か、それが体の筋力を高める動作だと分かった。
「悪いけど、パネェのいっちゃいますぞ!」
相良は剣のグリップを、握りしめた。
剣が漆黒のオーラを纏い、刃が紫に光る。
「ジャッジメントクロ―。技名も分かる」
相良はその場で、剣を振った。
三本の爪痕の様な斬撃波、ダッティに飛んでいく。
鼓舞が終わったダッティの強度は、先ほどよりも更に上がっていく。
「うおおお! そんな攻撃、砕いてくれるわ!」
ダッティは近づく斬撃波を、拳で防ごうとした。
だが握られた手が当たる直前。斬撃波が左右上の三方向に別れる。
すぐさま反転し、同時にダッティの体を切り裂いた。
「グボォ!」
ダッティは地面に倒れる。
ダメージの大きさと、体の傷で立ち上がる気力を失っている。
無力化が終わったので、後は衛兵に任せようとした。
しかし相良は、何かに突き動かされるようにダッティに近づく。
剣を構えて見つめる瞳は。相良自身にも無意識で放たれた冷たさだった。
「こんな……。弱っちそうな奴に……」
尚も負けを認めないダッティ。その頭部の近くに。
相良は剣を突き刺した。すれすれで地面に刺さる剣と。
冷徹な瞳を見て、ダッティが震えている。
「お前は自分が何をしたのか、分かっているのか?」
「あ、あああ……」
「お前は無関係な市民を巻き込んだうえ、仲間の評判を落とした。そんな存在は……」
相良はハッとなって、剣を引き抜いた。
そのまま震えながら、自分の右腕を見つめる。
「なにをやっているんだ、俺は……? 今のは?」
自分でもなにを言っていたのか、理解できない。
ただ心が何かを訴えるかのように、ダッティを非難していた。
慣れた口調で、剣を動かして首元に当てようとした。
その場で呆然と立ちすくんでいると。
近くで大きな物音が聞こえてきた。
馬車が何台か、荒野を駆けて近づいている。
「やっべぇ……」
身を隠そうとした相良だが、街の方から衛兵が走ってきた。
荒野は遮蔽物がない。相良の姿は丸見えだ。
観念して両手を上げる。
「怪しいものじゃないです!」
相良のポーズを見ながら、衛兵は首をかしげていた。
どうやらこの世界で、手を上げる行為に意味はないようだ。
「これは……。一体何があったんだ?」
大きな馬車から、一人の人物が出てきて驚きの声を上げている。
全身を黒い鎧で纏った騎士だ。
兜はしておらず、銀髪の髪の毛と顎髭の男性だった。
「ダグマ様!? なぜこのような場所に?」
衛兵のかしこまった態度に、相良も釣られた。
無意識に背筋を伸ばして、直立姿勢を取る。
「障壁が弱まっていると聞いて、調べに来たんだ。それより、これは?」
「はっ! 実はですね!」
衛兵がダッティの事を、報告している。
街でいきなり暴れ始めたこと。応援を要請したこと。
相良が突然現れて、ダッティを撃破したことを。
衛兵は相良が無意識に行った、脅迫は聞いていないようだ。
ダグマと呼ばれた騎士は、相良をジッと見つめる。
「君が一人でダッティを倒したのか?」
「ええ。そうみたいです……」
相良は気まずそうに答えた。動きが良くなったことも、衛兵が報告している。
なぜそうなったのか、自分でも説明がつかない。
言及されないよう祈りながら、相良は目を逸らした。
「君、少し時間をいただいても良いかね?」
「え? ええっと……。連れが居まして……」
断る態度を見せると、衛兵が掴みかかってきた。
「お前、ダグマ様の誘いを断るとは!」
「やめなさい。私は偉い人間ではない。数いる代表者の一人に過ぎない」
衛兵を引き離して、ダグマは相良に頭を下げた。
口調、佇まい、態度の全てがまさに騎士と言った人物だ。
「彼の無礼を許してやって欲しい。過激派が最近激しくて、気が立っているんだ」
「過激派……」
「障壁の影響だろう。侵攻を待ち望んでいた勢力が、慌てて和平の妨害をしているようだ」
暴れていたダッティもその勢力の一人らしい。
アリスから聞いた話だと、この世界は勢力が二つあり。
障壁によって、隔てられてたはずだ。
過去に大きな争いがあり、種族が分断されている。
歴史の禍根もあり、人界に恨みに似た感情を持つ者もいるらしい。
「人間達は統制の取れた軍がある。一方で我々はこのありさまだ」
会話から相良は、暗黒界も一枚岩じゃないと悟った。
恐らく争いを仕掛けたい過激派と呼ばれる集団と。
平和的解決を望む、和平派がいるのだろう。
「だが今は我々が争っている場合ではない。君もそう思うだろ?」
「ええ。向こうに攻める口実を与えないためにも」
恨みがあるのは、暗黒界側だけではない。
人界側も恐怖心から、こちらに攻撃的な人間もいる。
和平を進めるにしても、隙が少なければならない。
「時間がない。我々には多くの仲間が必要なんだ」
爽やかな笑顔を見せながら、胸に手を当てるダグマ。
「君さえよければ、我々に協力してくれないか?」
「え……? でも……」
アリスの言葉を思い出す。異世界に深く干渉してはいけない。
異世界人同士の争いに介入することは、本来良くない事なのだ。
戸惑った表情を見せていると、ダグマが再び頭を下げる。
「失礼。急な話だった。私も内心焦っていてね」
彼らはまだ知らないが、障壁は既に壊れている。
人界側に知られれば、どんな争いが起こるか分からない。
相良としても、何とかしてあげたいという気持ちはある。
「我々はこの街の近くに拠点を置いてる。気が向いたら、来てくれないか?」
「はぁ……。力になりたいとは思うんですけど……」
煮え切らない態度にも、ダグマは嫌な顔をしない。
最後まで丁寧な対応で、接してくれた。
暴れたダッティを拘束して、相良の事を追及しない。
彼に街で過ごせる資金すら、提供してくれたほどだ。
正直好印象を抱いており、協力したい気持ちはある。
衛兵と別れた後、相良は待ちでアリスと合流した。
「話は聞いておりました。こちら側も大変なそうで」
アリスもちょっと前まで、騒動に巻き込まれてた。
統制が取れた軍と言われていたが、実際は人界側もガタガタだ。
何か起きるには、もう少し猶予があるだろう。
「やっぱ、協力しちゃマズイっすよね?」
「普段なら止めますが。今回は話が別です」
相良が首を傾げると。アリスは呆れた溜息を吐く。
「お前、この世界の実情に随分と詳しい様で」
「ええ。なんか頭に浮かぶんですよね」
「ならお前は元々、この世界の住民。そう考えるのが必然では?」
相良は手を叩いて、納得した。
確かにそれなら、記憶がなくてもスラスラ情報が出るはず。
「恐らく大きな出来事に巻き込まれて。私達の世界に来て、記憶を失ったと」
「そうなんすかね?」
「ならばこの世界に、お前の記憶のヒントがあるはずです」
顎に手を乗せながら、相良も必死で考えるフリをする。
アリスに脳天チョップを食らった。
「お前は考えるより、衝動で動いた方が上手くいきます」
「ええ!? それじゃあ、俺が何も考えず動いているみたいじゃないですか」
「うん。そう言ってます」
否定できないため、相良はその場で頭を抱えた。
「でもアリス師匠。俺、自分の記憶とかあまり興味がないというか……」
「戻らないにしても、お前が本来居るべき場所がここなら。選ぶ権利はあるはずですよ?」
「自分で決めろってことっすか……。苦手なんだよなぁ……」
アリスの言葉に従って、自分の心に聞いてみる。
ダグマと話して、自分はなにをしたいと思ったのか。
「あ、でも。ダグマさん達に協力すれば。アリス師匠が追っていた敵の正体も分かるかもですね」
「ええ。ですが無理に探らなくて良いです。それは私の仕事ですから」
「いえ! 協力させてください! 俺は師匠に認めてもらいたいのが、優先事項ですから!」




