第23話 騎士長の戦い
五柱神のアジト。ユウキ達はノウシスの話を聞く。
彼女から話された真実は、この事件を根本的に覆すものだった。
騎士達は信じられないと言った、表情をしている。
他ならぬ自分達の神が、信じたものを全て嘘だと断じた。
彼らは全てを飲み込むのに時間がかかるだろう。
「それじゃあ。教皇……。アルリズが全ての元凶なのか?」
「ああ。ワシはこの"世界の地上しか"監視できない。そこを突かれた」
「まさか僕らが生まれる前に、既に始まっていたとはね……」
雪道玲子はかつて、この世界に来たことがある。
実験中の生物が暴走し、逃亡したからと聞いたことがある。
討伐に成功したと、記録に残っている。
「討伐に来ただけなのに、何故この世界で研究を手伝う必要があったのじゃ?」
「その時には既に、アルリズが干渉していたから」
「その通りじゃ。助けるフリをして、記憶操作をしたのだ」
転生の儀は記憶を他者に移す技術だ。
記憶の書き換えとは、また別の技術である。
転生の儀を思いついていたのなら、記憶の研究があってもおかしくない。
「その時奴は、次元を移動する装置を奪っていた。神々に隠れてな……」
「頼りないなぁ。まあ四六時中監視は、出来ないんだろうけど」
「奴はこの世界の人間と玲子を、恋に落とし。その子供を利用した」
プロフェッサーと玲子は、リサと言う子供を産んでいる。
暫くしてから軍が介入。玲子をこの世界から帰還させた。
「ユウキよ。強力な兵器を、説得力を持たせて開発する方法は?」
「問題形式止めて欲しいね。対処困難な敵がいる事だ」
「正解。サムライ団と言う対立組織を与え、強力な兵器を作らせた」
娘の意識を消されて復讐。動機としては、申し分ない。
玲子がこの世界に帰還したのも、アルリズの手筈なのだろう。
アルリズは記憶を操り、人格も支配も軽々と出来る。
もしかしたら、軍の上層部にも既に手が回っているかもしれない。
ネガリアンが居るとはいえ、これだけの兵力だ。
「そこまでして、アルリズはなにをしたいんだ?」
ユウキが代表して、質問をぶつける。
みんなで話すとややこしいので、今は彼だけが会話している。
「この世界には、もう一つ別のエリアがある。人間以外が暮らすエリアがな」
ノウシスが魔法で、立体映像を映し出した。
綺麗に世界が、真っ二つに分かれていた。
片や自然豊かで人工物が多い場所。もう片方は荒れた土地だ。
その真ん中に亀裂があり、紫の光を天まで伸ばす。
結界を張って、両者を分けている。
ユウキはそんな印象を抱いた。
「一五〇年前までは、こんな分割はされていなかったのじゃがな……」
「前に言ってた、大いなる災いってことか……」
ノウシス教団の設立を聞いた時。
それは将来訪れる災いを回避するためだと聞いていた。
人間とそれ以外を分ける、大きな争いが過去にあったのだろう。
両者は隔てられているようだが、近いうちに繋がる。
再び争いが起きて、大規模な争いになる。
それが災いの正体だ。
「奴は。アルリズは。大量破壊兵器で、争いが起きる前に、相手を殲滅するつもりじゃ……」
***
サムライ団の本拠地。教皇アルリズは、騎士団に防衛を命じた。
トリックは分からないが、ユウキ達に逃げられた。
居場所も掴めない。だが彼らは必ずここに来る。
最終決戦に備えて、自分の駒を揃えておく。
最大の戦力である、目の前の生物が目覚めるまでの時間稼ぎとして。
「これが完全生命体……!」
アルリズは狂った笑みで、カプセルに手を触れた。
培養液に浸された、真っ白な生物が飼育されている。
軍のデータから奪った、最高レベルの完全生命体だ。
かつてこの世界に訪れた時に、取り逃がしてしまったが。
長い年月の仕込みが功をなして、ようやく完成する。
神器を取り込んだ生命体。ファイナルウェポンが。
「ペットにしちゃあ、随分と不気味だな」
背後から声をかけれて、アルリズは笑みを引っ込めた。
眉間にシワを寄せて、入室者を睨む。
「リダ。ここには入らないように、命令したはずだけど」
「前から言いたかったが、アンタの命令を聞く筋合いはないんだよ」
漆黒の刀を抜刀し、リダはニヤリと笑った。
「どういうつもりかしら?」
アルリズはリダの真意を理解できず、不愉快だ。
騎士団は教団管轄の組織である。
故に教団の幹部の方が、立場は上なのだ。
「教皇様よ。ノウシス教団の、設立目的を教えてくれよ」
「知恵の女神、ノウシスの代わりに。人界の民を導くことよ」
「"正しい方向へ"だな。そこ重要だぜ」
ノウシス教団は、最高権威を持っている。
教団のトップとなると、大勢の人が逆らえない。
だから彼女は忘れていた。自分に逆らう者が現れるという事を。
「アンタの思想は昔から知っていた。説得しようと思ったが。これを見たら、もう無理かもな……」
アルリズが居るのは、実験体が作られている部屋だ。
そこら中に怪物がうじゃうじゃ、カプセルに入っている。
リダは引いている表情だ。
「彼らを滅ぼすことが、正しい事とは思えない……」
「彼らが先に手を出したのよ。私は一五〇年前に、それを実際に見たのだから」
「目に見えた歴史が。絶対正しいとも言えないぞ!」
リダは神器の力を解放した。
目が赤く光、黒いオーラを纏い始める。
五柱神が残した神器は、全てアルリズの管理下だったのだが。
一つだけ、正体不明のものがあった。それがリダの神器だ。
どんな神なのか、アルリズも知らない。
その者は名前を禁句にされた、邪神なのだから。
「アンタはノウシス様の加護があるようだな。それを悪用しやがって!」
アルリズはかつて、ノウシスから世界を見守る力を授かった。
この力は後任者に継承して、来たるべき脅威に備えて欲しいと。
だがアルリズが転生の儀を使ったため、まだ教団は一代目だ。
「だが神の加護を受けたのが、自分だけだと思うなよ?」
「なるほど。貴方がその神器に適応した理由が分かったわ」
「ノウシス様の弟。トゥリマル様の力で、アンタの悪行を止めてやる!」
リダは高速移動で、アルリズに近寄った。
騎士団長でもあり、人界の騎士では最強レベル。
その上神器の力も、実はアルリズは理解していない。
彼は一度もその力を解放せず、トップまで上り詰めた。
普通に考えたら、アルリズに勝ち目などない。
「リダ。貴方は今まで教団の為に戦ってきたはずよ」
アルリズは剣を召還して、リダの攻撃を防いだ。
術者としては最高位だと知っていたが。
全力の一撃を防がれたからか、リダは目を開いている。
「何故、今になって逆らう? 異界人が来たときでも良かったのに」
「異界の坊主達は、そいつが完成阻止に間に合わない。何せ神すら知らねえんだからな」
「あら? この最強兵器の前では、騎士長様もお手上げかしら?」
アルリズは剣で攻撃を受けつつ。術を放った。
リダの背後から光弾が、彼に直撃する。
怯んだリダを、彼女は蹴り飛ばした。
「アンタ、そいつの肉体に、何の材料が使われているのか分かるのか?」
「さあ? 異世界に保管されたデータを基に、研究者に作らせたから」
「なら作るのは止めておけ。そいつはアンタの命令を聞く、存在じゃない」
リダは黒い稲妻を纏いながら、再び斬りかかった。
同じパターンと思いながら、アルリズは剣で防御態勢を取る。
だが先ほどより力強く、アルリズの腕は弾かれた。
「トゥリマル様は本能の神だ。俺の闘争本能が刺激されるほど、力を増す」
怯んだアルリズに、リダは追撃をかけようとした。
戦闘経験なら彼の方が圧倒的に上だ。
例え凄い力を持っていても、扱いきれなければ意味がない。
リダは本気で、教皇アルリズを仕留めようとした。
その咎は処刑では済まされないと、理解しながら。
「リダ……。止めて」
アルリズは声色を変えて、リダに話しかけた。
その声を聞いた瞬間。リダは剣を止めた。
その動作を見て、アルリズはニヤリと笑いながら彼のみぞおちを殴った。
「貴方と彼女の関係なんて、お見通しよ。一途なのね~」
「やれやれ。彼女の体をどれだけ悪用すれば、気が済むんだ!」
リダは蹲ったまま、走り出した。
剣で斬りかかるが、姿勢が悪い。
威力が先ほどよりも落ちて、受け流される。
即座に次の攻撃を行おうとすると、光の扉がアルリズの頭上に。
扉が彼女の体へ移動する、その姿を別の場所に移動させる。
「経験とは知識かしら? それとも反復動作?」
アルリズはリダの背後に、出現した。
術式を唱えて、風の弾丸を発射する。
リダは吹き飛ばされて、壁にクレーターを作る。
「答えは無意識領域に保存された、"記憶"よ」
「人の記憶を弄っただけじゃ足りず、泥棒しちゃったか」
壁から着地しながら、リダは笑みを浮かべた。
口から血を流しているのに、余裕そうな表情だ。
アルリズは不快になり、苛立ち始めた。
「やっぱり最高だよ、教皇様。最高の……。下衆野郎だ!」
リダは靄を纏った剣を構えた。
神器の力を限界まで解放したようだ。
「フフフ。自分より格上に、一矢報いるには大技しかないわね?」
走り出そうとするリダに、アルリズは術式を放った。
赤紫の針を地面から、発射する。
針はリダの服や体に刺さり、壁に張り付ける。
「つまらないミスね。大技は確実に当てられる状況で、使わないと」
「本当に大技を使うのは、これからさ……」
リダが不敵な笑みを浮かべると。
室内に破裂音が鳴り響いた。
アルリズが呆気に取られていると、カプセルの一つが割れている。
培養液が漏れだして、水圧でカプセルを割った。
内部の生物。ファイナルウェポンはまだ未完成だ。
この状態で外に出せば、高負荷によって誕生前に死滅もあり得る。
「経験値を積んでも、自分の弱点は理解していなかったようだな」
「誰!?」
アルリズは音の方向へ、視線を向けた。
その先に銃を構えた、黒いコートの男性が立っている。
不敵な笑みを浮かべる彼を、監視者であるアルリズは知らない。
「アンタには娘がお世話になっているな。記憶を改変してくれたけど」
「お前は……」
「タダの死にぞこないだ。やり残しがあったな」
男性は二丁拳銃を構えて、部屋中のカプセルに発砲した。
カプセルが次々に壊れて、実験体が倒れる。
「冬木光夜。冬木ユウキとアリスの父だ」




