第6話 巨大戦艦
蒼はブルーバードを操縦して、巨大戦艦に近づく。
レーダーには捕捉されているだろう。
戦艦にはいくつもの砲台があり、近づくものを迎撃する。
一方ブルーバードには、攻撃機能が一切ない。
軽量化を優先して、余計なものを排除したのだ。
だがこの機体には、最大の武器がある。
「今更補足しても遅い! こっちはフルスピードなんだから!」
砲台が動き始めた時、ブルーバードは既に甲板に近づいていた。
時速二千キロを超える速度。それでいてGは一切かからない。
気づいた時には、既に懐に飛び込めているのだ。
何ら苦労することなく、蒼達は甲板に着地出来た。
ブレーキが瞬時にかかる。これもリアクターの力で実現できることだ。
摩擦やモーターに頼らない。エネルギーを一気に放出することで、速度を緩めている。
「ユウ! 甲板に着地完了したよ!」
蒼はコックピットを開いた。
高度の影響で空気が薄く、春先なのに冷たい風が体を貫く。
酸素ボンベでも持ってくるんだったと、蒼は後悔した。
「で、これからどうするの?」
乗り込んだのは良いが、蒼は何も考えていない。
動力を壊して、戦艦を止めることも考えたが。
都会のど真ん中を飛ぶ戦艦を、落とす訳にもいくまい。
「コックピットを目指そう。近海にでも落とせば、無力化出来るだろ?」
「そうだね。多分コックピットは……」
蒼は戦艦に立つ、塔の様なものを指した。
管制室に似ている。あそこで外の状況を調べているのだろう。
「あそこだろうね」
幸い甲板の近くに、コックピットはあった。
ここからなら数分で、辿り着けるだろう。
早速向かおうとする蒼達へ、一体のロボットが近づく。
ネガリアンの兵隊かと身構えるが、ロボットは執事の様にスーツを着ていた。
両手を上げて武装していない事をアピールしている。
「あ~。私はネガリアン様の側近ロボ。レンツと言います」
「側近なのに、武器を持っていないのか?」
「身の回りの世話が仕事なので。あのだらしない格好を見ていただけたら分かりますでしょ?」
主の悪口を平然と口にするレンツ。
どんなAIを積んでいるのか、気になるところだ。
「我が主からの伝言です。"来れるものなら来てみろ! 防衛装置は厳重じゃぞ!"っと」
「それくらい放送で流せよ」
「戦艦の放送は、下の街に聞こえてしまいます。近所迷惑を考えているのですよ」
悪の科学者の癖に、妙に律儀な性格である。
伝言を伝えると、レンツは足早にコックピットと反対側に向かった。
「では私は戦いに巻き込まれたくないので、失礼します」
レンツの逃げ足は速かった。とても追いかける気になれないほど。
レンツを寄こした事だ。ネガリアンは既に侵入に気づいているだろう。
防衛装置が作動しているなら、簡単には辿り着けない。
蒼は銃を、ユウキは剣を構えて先に進んだ。
甲板にはロボットが居るが、全てお手伝い用なのか攻撃してこない。
「ネガリアンの奴、一体どれだけだらしない生活しているんだ?」
ユウキが呆れ半分の感想を漏らしながら、速度を上げる。
確かに全てロボットに任せると、怠惰な生活になるなと蒼も思った。
二人がしばらく進むと。アラート音が鳴り響く。
甲板の地面から壁が発生して、防衛装置が作動した。
小型砲台や攻撃用のロボットが、行く手を阻む。
「へ! やっと面白くなってきたぜ!」
ユウキはローラーで滑りながら、ロボットや砲台を切り裂いていく。
流石に戦い慣れている。飛んでくる弾も、超能力で受け止めている。
弾丸を投げ返して、砲台を次々破壊。
蒼も負けじと、銃弾でロボット達を対峙していく。
砲撃は盾で受け止めて、エネルギーを溜める。
一定量溜まったら、放出して砲台を壊していく。
「迷路になっていると思ったけど、一本道なんだね」
「迷路って意外と作るの大変なんだぜ。この場合、出口を作る意味が分からんけど」
確かに防衛するだけなら、壁を作れば良いだけだ。
機械蜂の件と言い、ネガリアンはゲームが好きなのかもしれない。
「Here we go!」
ユウキは以前見せたブーストで、どんどん先に進んでいく。
体当たりだけで、ロボット達が倒れていく。
強固だった防衛装置も、次々壊れていく。
数分も経たない内に、蒼達は壁のない場所に辿り着いた。
ネガリアンが用意した防壁は全て突破したようだ。
「なんだよ。これで終わりか?」
ユウキが退屈そうに呟いた。
目の前には目指していた塔が見える。
この先がコックピットだろう。蒼達が慎重に入ろうとすると。
船が突如揺れ始めた。再び鳴り響くアラート音。
罠だったのかと思いきや、館内放送で予想外の事が流れた。
『緊急事態発生! 動力部の破損を確認!』
「なんだって!?」
何者かが戦艦の動力源を破壊したそうだ。
船は浮力を失った。戦艦全体も揺れ始めて。
様々な部位が爆破している。
不幸中の幸いか、一気に墜落することはなかった。
戦艦はゆっくりと落下している。
「どこの馬鹿垂れじゃ! 動力を破壊したのは!」
すっかり聴き馴染んだ文句が、聞こえてくる。
蒼達は声の方向へ向かった。
「Dr.ネガリアン! それに……」
「アリスさん!」
金髪の少女が剣を構えて、ネガリアンと対峙している。
以前会った時と、雰囲気が別人のように見えた。
冷酷ささえ感じた瞳から、人間味を感じられるようになっている。
「一足遅かったですね。こっちの蹴りは大体つきました」
「新しい問題が発生しているけどね」
ユウキの皮肉に、アリスは目にムッとした。
「おのれ! このままで済むと思うなよ!」
ネガリアンは負け惜しみを言いながら、ジェットパックを起動。
そのまま船の先端へと向かった。
「まずいですね……。このままでは街のど真ん中に落ちますよ?」
アリスの言う通りだ。ゆっくりとは言え、墜落すれば被害は大きい。
この巨体を着陸させる広場なんて、都心にない。
その上動力が破壊されたなら、もう操縦不能だろう。
いや、一つだけこの戦艦を動かす方法がある。
蒼は背後を見た。やはり電力を失ったから、防衛システムも停止している。
「もしかしたら、ブルーバードなら何とか出来るかも……」
「really? ならそっちは頼んで良いか?」
ユウキはアリスへ視線を動かした。
「一応聞いておくけど、自力で脱出できる?」
「無理。乗り込むための、飛行機が壊れてた」
ユウキが『だろうね』と言いたげな表情になる。
「なら蒼と一緒に、脱出するんだ」
「それは良いけど。ユウはどうするつもり?」
「僕はネガリアンを追う。アイツを放って置けない」
ネガリアンは脱出せず、船の先に進んだ。
まだ何か企んでいるのだろう。
ひょっとしたら、蒼達の行動を妨害するかもしれない。
「分かった。生きて帰りなさいよ」
「Don't worry!」
ユウキと蒼達はそれぞれ反対方向に走る。
ブルーバードに戻り、急いで乗り込む。
「そう言えば、名前を聞いてませんでしたね」
後部座席に座ったアリスが、不意に口にした。
「え? 蒼ですけど……。浮遊遺跡で名乗りましたよね?」
「ああ。それは……」
彼女が何かを言いかけた瞬間。船が大きく揺れ始めた。
落下速度も上がっている。
「後でおいおい説明するわ」
「分かりました。今は戦艦を止めましょう」