第8話 小さな冒険心
「お~い! 吹雪君! 早く、早く!」
「兄ちゃんが唯一の大人なんだからな! 早くしてくれよ!」
「やれやれ……。元気なガキどもだぜ」
川の流れる小さな村。昔のゲームなら、最初の村になっていただろう。
少し集落から離れた場所森を、吹雪は歩いていた。
面倒な口調で言いながらも、頬は緩んでいる。
西洋ファンタジーな世界に似合わない。
和風の巫女服を着た少女と。
元気な十歳の男の子が同行している。
「本番はまだ先だろ? 今からはしゃぐと、バテるぞ」
「吹雪君も歳だなぁ~。若者は元気一杯だぜ」
「黙れ、"ヘスカ"。お前と一個しか変わらない」
吹雪は巫女服を着た少女に、反撃した。
彼女は紅葉色の髪の毛をなびかせ、『二ヒヒ』と笑う。
ヘスカ。彼女はそう名乗った。自分でもそれが本名か覚えていないらしい。
彼女は記憶喪失の状況で、村人に発見された。
現在は教会の保護下にあり、一宿一飯の恩を返している。
十四歳と吹雪の一個下だが、村の子供とよく遊ぶとのことだ。
「風景を楽しみながら歩いているんだ。少しはゆっくりさせろよ」
「えぇ……。ただ木が並んで、川が流れているだけじゃないか」
「そりゃ、お前らにとっては、見慣れた光景なんだろうけど」
吹雪は都会生まれ、都会育ちだ。自然の多い場所が珍しい。
田舎に全く縁がないわけではないが、それでも電車で行ける範囲だ。
コンビニもあったし、ちょっと歩けばスーパーもあった。
こんな風にクリアな川が流れ、木々が並ぶ場所は初めてだ。
何せ、小学生の頃は外で遊ぶことすら出来なかったのだから。
「吹雪君は都会育ちだっけ? 都はそんなに、自然がないのか?」
「俺が住んでいる場所はな」
「ほほう! じゃあ、アレだね!」
ヘスカは嬉しそうに笑った。
立ち止まって振り向き、吹雪に顔を近づける。
「田舎の魅力に気づいちゃったのかな?」
「まあ、住め言われれば、断固拒否するが」
「君って一言多いって言われないかい……?」
呆れた様な目線で、ヘスカに見つめられる。
そんな彼女に、吹雪は勝ち誇った笑みを向ける。
「俺の親友を通報しやがった、仕返しだ」
「失礼な! 僕はただ叫んじゃっただけで、チクってないさ!」
必死で反論するヘスカ。ムキになって反論してきた事で、吹雪は更に頬が緩む。
彼女はユウキに向かって叫んだ、あの村人だ。
叫び声で人が集まり、ユウキは衛兵にお縄となった。
――まあ冷静に考えれば、誰でもそうだよな。吹雪は特に恨んでいない。
物音がして、外を見張っていたヘスカ。変な叫び声がしたので向かう。
その先にパンイチの少年。不審者と誤解されるだろう。
「でも悪いとは思っているよ。親友を探しているのに、長時間付き合わせて」
「大丈夫だ。そっちは蒼に頼んでいる」
吹雪と蒼はこの村の、昼間に辿り着いた。
その時は既に、ユウキは拘束されて、聖騎士に連れ去られた後だ。
村で情報収集をしていると、偶然ヘスカに出会った。
彼女はユウキが連れていかれた先を知っていた。
その見返りとして、子供達と遊ぶ事を提示される。
だから今、子供の探検ごっこに付き合っている。
情報は得て、後の事は蒼に任せた。
吹雪は子供達の遊び相手になったのだが、もう結構遊んでいる。
午前中に来たのに、もう半日が過ぎているのだから。
「いやぁ! 子供は本当に元気だね! まさに将来の宝さ!」
「お前も未成年だろ。どちらかと言うと、"これから"側だからな」
人界では十五歳で成人と、認められるらしい。
吹雪は丁度十五歳。そもそも今年十六歳になる身だ。
この世界では一応、大人に分類される。
子供たちは大人の許可がないと入れない、遺跡を探検したいと言い始めた。
大人が同行すれば良いのだが、みんな仕事で忙しい。
そこで子供たちは、吹雪を大人として遺跡探索を乗り出た。
「まあ、気にするな。俺も結構楽しんでいるし」
こんな風に外で遊ぶのは、今までなかった。
学校が終われば即帰宅。その後、姉と共に訓練と勉強ばかり。
好奇心を持つ、我儘を言うのは悪だと教え込まれた。
自由に慣れたのは、姉に完敗した中学生になった後だ。
親は自分に失望して、姉の教育に力を入れた。
敗北感から熱意が消えた吹雪は、既に外で遊ぶ気力が消えている。
「なんでニヤニヤしてやがる?」
「いやぁ~。心はいつまでも少年って奴かい?」
「個人的には、まだ少年側にいると思っているがな……」
吹雪はボソッと呟いた。自分達の世界じゃ、十五歳は子供だ。
文化が違う人界では、そもそも常識や思想が分からない。
異世界から来たなど、カミングアウトする訳にもいかない。
「吹雪君ってさ。伝承とか冒険とか好きそうなのに、我慢しているよね?」
「たった数時間で、そんなことが分かるのか?」
「本質はまだ知らないさ。でも何となく、我慢している目をしてるんだよね」
数時間と言えど、ヘスカとは随分と言葉を交わした。
だから吹雪も彼女の事を、大分理解している。
彼女は明るく面倒見が良い。尚且つ義理堅い子だ。
「ここでは我慢しなくて良いんだぜ? 君を縛るものは何もないんだから」
優しい口調で、手を差し伸べるヘスカ。
吹雪はその手を握れなかった。
「そう簡単に割り切れるもんじゃないんだ。子供の頃の教えって奴はな」
吹雪はポケットに手を入れて、歩き始めた。
いつからだろう。親への反抗心から、少々態度の悪さを学んだ。
でも奥底では、教育が刻まれている。植え付けられた、人としての正解が。
だからガラが悪くなっても、問題行為を起こさなかった。
それは良い事なのだが。結局自分は、レールの上を歩いてると思い知らされた。
そんな自分の姿を憐れんで、父はエックス事件を起こしたのだ。
「兄ちゃんたち! 遺跡が見えてきたぜ! 早く!」
男の子の一人が、急かす様に叫んだ。
吹雪も柔らかい笑顔に変わり、駆け出す。
「言っておくが、俺の目の届かない場所に行くなよ」
「分かっているって! だから待っているんじゃないか!」
「おっと、そりゃ失礼。直ぐ追いつくぜ」
吹雪は速度を上げて、男の子に駆け寄った。
本気で走った吹雪を見て、子供たちは目を丸くしている。
「兄ちゃん速いなぁ! 本当にすぐ来たぜ!」
「フハハ! 本気を出せばこんなものだ!」
吹雪はまだ後ろにいる、ヘスカへ振り向いた。
どや顔を見せて、腕を組む。
「子供の前では、素直になれるんだな」
「何をぶつぶつ言っている? 早く来い」
「良いぜ! なら今から、遺跡まで駆けっこだ! ビリの人は罰ゲーム!」
ヘスカはクラウチングスタートをして、駆け出した。
あっという間に吹雪達を追い抜く。
「速! そしてセコイ!」
「ああ! 姉ちゃん! 急なルール変更は、禁止だぞ!」
男の子二人が、慌ててヘスカを追いかける。
もっとも、ヘスカは吹雪より速い。子供が追い付ける速度じゃない。
吹雪はやれやれと笑った後、手を抜いて走る。結果ビリになった。
「へへ! 一番乗りだぜ! 吹雪君が罰ゲームな!」
「兄ちゃん、さっきより遅くない?」
「全力で走って、疲れたんだ」
そう言いつつ、吹雪は息を切らしていない。
吹雪の意図に気づいたのか、ヘスカは目を丸くしてハッとした。
「ちょっと! 僕が大人げないみたいじゃないか!」
「大人げなくねえよ。お前は論外だ」
「論が……。おのれぇ! 呪ってやるぅ!」
ヘスカはポカポカと吹雪を叩く。
そんな騒ぎを起こしながら、吹雪達は遺跡に入る。
ヘスカが光を生成する魔法を使い、懐中電灯代わりにする。
「ここは何の遺跡なんだろうな?」
「へへ! ここは空の神、イスカルブー様を祭る神殿だったんだぜ!」
男の子が胸を張って説明するが、吹雪は首を傾げた。
「兄ちゃん! 都会人なのに、神様の事知らないのかよ!?」
「歴史は得意だったはずだけど……。解説を頼むよ」
「しょうがないなぁ。五柱神の事くらいは、吹雪君も知って居るだろ?」
知らないとは言えない。この世界では、それが常識なのだろう。
適当に相槌を打って、誤魔化す。
「大地の神! ゲドッコ! 大地を生み出した個体の神!」
「海の神! ラク―ジン! 水を作り出した、液体の神だぜ!」
「そして空の神! イスカルブー! 天空を生み出した、気体の神だぜ!」
男の子とヘスカが、順番に解説してくれた。
最後のヘスカは妙にどや顔気味で、微妙にイラっとする吹雪。
「神様を祭る場所の割に、荒れてるな」
「ノウシス教団が、ノウシスに信仰を集中すべきと唱えたからな」
「俺らだって、名前くらいしか教わってないぜ」
また新しい神の名前が出てきた。
一度に出て覚える気はないので、ノウシスとイスカルブー以外は頭から消す。
「五人目は? 五柱神なら、五人居るはずだろ?」
「吹雪君、本気で言っているのかい? そんなこと大人に言えば、君も聖騎士に囚われるぜ」
吹雪は訳が分からず、首を傾げる。
「ノウシスの弟は神話から抹消された邪神だぜ。名前を言う事も、教団に禁じられている」
複雑な神話があるようだ。
吹雪は神話なんて、どうせ創作と考えているので胡散臭い目で教団を見ている。
「君の勉強不足は、後で改善してあげるよ。それより、探検だろ?」
「腑に落ちねえなぁ……。っ!?」
吹雪は肩が跳ねた。胸ポケットのリアクターが反応している。
幸い外見に変化はないので、存在がヘスカ達にバレる恐れはない。
だがリアクターが反応したという事は。この近くに、共鳴するものがあるという事だ。
「ヘスカ。子供達を下がらせるんだ」
「ど、どうしたんだい?」
「なぁに。ちょっと盗人を懲らしめるだけさ。出て来いよ」
吹雪の声に反応して、奥の暗闇から足音が近寄る。
吹雪は息を飲み込む。ここは異世界だ。リアクターは存在しない。
ならばリアクターの反応する相手は……。
「よお。親友が世話になったな。黒騎士さんよ」
~ユウキのスーパーナビ~
ユウキ「ここからは、僕と一緒に舞台やキャラについて勉強だ!」
蒼「今日はどんな情報?」
ユウキ「今回紹介するのは、この情報だ!」
『雪道吹雪』
ユウキ「身長一六七センチ。体重五十七キロ。ちょっと皮肉屋なところがある、僕の親友で、氷を操る異能力者だ」
蒼「氷を生成できるだけでなく、冷気に完全耐性があるわ。力強い一撃でバシバシ攻める戦闘スタイルが特徴よ」
ユウキ「夏場にカキ氷作ってとお願いしたら、断られたんだよな」
蒼「あの氷、固いから歯が折れるわよ」
ユウキ「その優しさには、気づかなかったな」
ユウキ&蒼「次回も、宜しく~!」




