第2話 冒険の始まり
ネガリアンが作ったと思われる、戦闘用ロボット。
一切塗装されていない蜂の姿に、手抜き感を感じる。
同じメカニックとして、蒼は細部にまで拘るタイプだ。
こんな三流に負けるはずがない。
蒼は躊躇なくトリガーを引いて、銃弾を発射。
蜂ロボットの羽根に直撃する。
「何じゃこいつは!? なんで銃なんぞ持っとるんじゃ!」
ネガリアンの癇癪を気にせず、二発目を発射。
もう片方の羽根に、直撃してバランスを崩す。
射撃の腕なら自信がある。この程度の反動なら、片手で支えられる。
脆い部分を攻撃し続ければ、いずれ壊れるだろう。
蒼は連続発砲をするため、集中した。
「ええい! この際どうでも良いわ! ネガホーネットよ! 奴に巣作りじゃ!」
ネガリアンから指示を受け、機械蜂がようやく動く。
蜂の巣の形になっている銃口を、蒼に向けた。
遅い。装填する音まで聞こえる。蒼は素早く盾に持ち替えた。
銃口から怒涛の連射。その全てを、盾が防ぎきった。
銃弾を受けるたびに、蒼の盾が青く光る。
相手の攻撃エネルギーを吸収し、反射させる。それが彼女の能力だ。
「お返しだよ!」
銃弾が止んだ瞬間に、蒼はエネルギーを解放。
青い光線が盾から放射され、機械蜂に直撃。
機械蜂は上下の体を揺らした。
「おのれ! だがネガホーネットはまだ出力が十パーセントほどしか下がっておらん!」
「絶対嘘だ。今のならゲージが三割は削れたでしょ?」
「これはゲームではない! さっさと捻り潰してくれるわ!」
再び銃口を蒼に向けるネガホーネット。
また連射がと思いきや、今度は違うものが飛び出した。
小型の蜂が放出され、機械蜂の周りを飛び回る。
「ニャハハ! このワシのロボットは、ダメージを受けると攻撃パターンを変えるのじゃ!」
「寧ろゲームっぽくなっている気がするけど?」
「やかましい! この小型蜂は触れると爆発するぞ! 連鎖爆破を受けると良いわ!」
ネガリアンが律儀に説明している間に、蒼は持ち替えた。
小型の蜂に一発銃弾をぶち込む。
彼の言葉通り、一匹の小型蜂が爆発して他の蜂も連鎖爆破。
周囲の爆発が、ボス蜂にダメージを与えている。
あっという間に機械蜂は穴だらけになった。
浮力が弱まり、そのまま地面に落下。衝撃に耐えきれず潰れた。
「こらぁ! このネガホーネットにいくらかけたと思っておるんじゃ!」
「部品が上等でも、技術がなければポンコツだね」
「まあいい! これは余ったパーツで作ったロボットだからな!」
負け惜しみを……。蒼は懲りないネガリアンに呆れた。
次の手を考えているようだが、次を与える気はない。
この場で拘束して、軍にでも突き出す。
「ワシを捕まえられると思ったら、大間違いじゃ! あ、ポチっとな!」
ネガリアンは背中にある、恐らくボタンを押した。
彼の背にジェットパックが出現する。
背中のリュックが変形したのだろう。
「このままで済むと思うなよ! 必ずや全てのリアクターを……」
ネガリアンが捨て台詞を吐いている最中。
ジェットパックがギシギシと音を立てた。
「ん? ジェットパックちゃん? いや、ジェットパック伯爵?」
次の瞬間、ジェットパックが暴発した。
ネガリアンは一気に空中へ飛び上がる。
「おのれぇ! 覚えておれ!」
そのまま空の彼方へ消えていく。
遠くで爆発音が聞こえてきて、蒼はオチを察した。
「星になっちゃったね」
「Don't worry。前にも一度あったさ」
あのネガリアンとやらと、ユウキは以前に何かあったようだ。
どっちにしろ、あの程度では世界征服など夢で終わるだろう。
蒼は工房に戻って、レーダーの完成を急いだ。
リアクターのレーダーを完成させれば、ユウキもどっか消える。
一連の騒動から自分は外れ、日常に戻れるのだ。
自分の殻に閉じこもれる、いつも通りの日々に……。
「……」
「おい、蒼。手が止まっているぜ」
本当はいつも考えていた。今のままで良いはずがないと。
自分の失敗から逃げ続けるのも、ダメだと気づいている。
これはチャンスなのかもしれない。名誉を挽回する。
だからこのまま終わらせることを、躊躇っているのかも。
自分の手がいつもより、ゆっくりな事に気が付く。
「Hey、蒼。グルグル思考でも、答えは出ないぜ」
背後で見守るユウキが、声をかける。
「誰も君を責めたりしていないさ。君以外はね」
分かっている。みんなが失望しているなんて、幻想だと。
自分は期待されていたという、思い上がりの証拠だと。
それでも蒼は、まだ失敗のトラウマが残っている。
「無理に外に出ろとは言わない。君にも君のペースがあるからな」
彼の言葉に、蒼は昔の事を思い出す。
小学校の頃。同じように励ましてもらえた事がある。
だからその後のセリフも、察しがついた。
「でも君が誰かに救いを求めるなら。僕がいくらでも手を差し伸べるよ」
数年前と全く同じ言葉だ。
一度目の挫折を味わった時、この言葉で救ってもらった。
「心配しなくても、毎日手は洗っているさ!」
「洗わなくても、アホは風邪ひかないでしょ?」
「確かに僕はアホだが、それは迷信だぞ」
蒼は目の前のリアクターを、ジッと見つめた。
ユウキの話を信じるなら、このリアクターは狙われている。
いつも蒼が守れるわけじゃない。
こうして再び銃と盾を持ったのも、何かの運命なのかもしれない。
蒼はカプセルから、リアクターを取り出した。
レーダーを仕上げて、自分の懐にしまった。
「ユウ。名前で呼ばないで」
「おいおい。それは理不尽だろ。僕はとっくに友達だと思っているけど?」
「私は思っていないし。思春期に異性を下の名前で呼ぶのは恥ずかしくないの?」
ユウキは両手を拾えて、首を傾げた。
「ない」
「でしょうね。ほら! とっとと行くよ!」
蒼はユウキの肩を叩いた。
彼との関係はこれで良い。お互い憎まれ口叩き合う仲で。
「ついて来いとは、一言も言ってないんだけどな」
「機械音痴のユウに任せたら、レーダーが百個あっても足りないよ」
「機械音痴ではないな。コイツも長年大事にしているぜ」
ユウキは自分が吐いている靴を見せた。
このローラースケートは、蒼が初めて他人のために作ったものだ。
正直未熟な時期に作ったので、機能としては古いが。
彼にとっては大事な代物なのだろう。
五年以上経っても、使い続けてくれている。
「もう二度と……。両親の顔に泥を塗らないために……」
蒼は小声で宣言した。
両親ならこの状況、改善のために行動をするだろう。
知らんぷりを決めれば、再び両親の名誉を傷つける。
「蒼、一つ言っておくよ」
顔が強張った蒼の肩に、ユウキが手を置いた。
「失敗は終わりじゃない。始まりなんだよ」
「簡単に言って……。私の気持ちなんか分からないくせに……」
「逆に君が僕の何かを知っているのか?」
そう返されると、確かにユウキの事を何も知らない。
何度も助けてもらっているのに、蒼は頑なに彼を友人と認めない。
「まあ良いや。Let's go! 次の舞台に案内してくれ!」
「レーダーによると。別のリアクターは、近くにあるね」
蒼は早速レーダーを使って、共鳴現象を起こす。
幸か不幸か、リアクターは六つとも近くにあった。
その中でも一番近くにあるものを探す。
別にユウキの助けになりたいわけじゃない。
リアクターを集めれば、解析が捗る。
あくまで両親のためだと、蒼は心の中で呟いた。
「ええっと、ここから南西に十キロ付近に……」
「七千ニ十キロ!?」
「南西に! 十キロ!」
そんなに早口で言っていないと、蒼はツッコミを入れる。
「なあ、ここから南西に十キロ向かうと海の中じゃ……」
「うん。だから海の中にあるってことだね」
「幸先悪いなぁ。まあ明日が休みなのが救いか……」
既に夕日が上っている時間だ。
ユウキは門限があるらしいが、それを守る事はない。
しょっちゅう姉に叱られているのを、目撃している。
「それと……。直ぐ傍に。具体的にアンタのところから、もう一つ反応があるけど?」
ユウキは分かり易く、目を逸らした。
「貴方、既に一個回収しているでしょ?」
「さあ! 冒険の始まりだ! あの夕日に向かって!」
「誤魔化すな! 方向会っているのが、ムカつく!」




