第3話 雪道傾
吹雪は特訓の最中も、しっかり学校に通っていた。
学校が終われば、また遺跡に戻り。
美央と共に、新しい戦術を学ぶ。
その間に色々な話を聞いた。
父が完全生命体の研究を、再開させた事。
完成のために、吸血鬼の血を欲しがっている事を。
「相変らず、自分の為に犠牲が見えないやつだ」
父が自分を鍛えた理由は、分かっている。
後継者を育てるは建前。
ただ自分が優秀であると、示すためだ。
子供すら、自らの出世に利用する。
そういう所が、昔から大っ嫌いだった。
「Hey! 吹雪! この間の埋め合わせがしたいんだが」
「悪いな、ユウキ。俺は暫く空きがなしだ」
「OK! キャンセル空きが出たら、教えてくれ」
親友と軽口を交えて、吹雪は学校から帰る。
もう何日も家に帰っていないが、お咎めなしだ。
当然だ。両親は基本不在。使用人は姉の事ばかり構う。
邪魔な人間が消えて、食費が浮くくらいしか思っていないだろう。
自分だって、みんなの事が鬱陶しい。
これを機会に、本気で家出を考えて良いかなと思った。
「吹雪、最近付き合い悪いね」
教室を出る前、声を駆けられた。
聞き馴染みの声。二階堂楓が、珍しく呼び止めてきた。
中学に入ってから、やや疎遠になった、幼馴染だ。
「忙しくなったのさ。卒業間近でな」
「アンタ、最近全然家に帰っていないらしいね。お姉さんが心配していたよ」
「形だけのな」
吹雪は楓を冷たくあしらった。
彼女は姉と仲が良い。話していると、脳裏に姉がチラつく。
嫌いなわけじゃないが、父親の言いなりの彼女に苛立っている。
「連絡くらいしなさいよ」
「気が向いたらな」
連絡なんてする気はない。
完璧な姉にとって、不完全な弟は邪魔なだけだ。
完璧な人勢で、唯一の汚点となりうる存在だから。
「お前こそ、油を売って良いのか? 知り合いが大変だそうだけど」
「知ってたなら、助けてよ……。まあ、アンタの親友に頼むから良いけど」
「悪いな。俺はユウキほど、お人好しになれない」
彼ほどの強さも、メンタルも持ち合わせていない。
だから吹雪は厄介な事を、避ける性格だ。
罪悪感を抱くのが、せめてもの両親なのだろうが。
楓だって、自分が頼りないと思ってユウキに頼むのだ。
悔しさはない。信用されないのは慣れたものだ。
「まあ、俺に出来そうなことなら、頼んでくれ。出来の悪い俺でもな」
「出来の悪い奴が、成績平均四以上を取る? 過小評価し過ぎ」
「学校の数字に意味はないさ。大事なのは、人としての点数だ」
学校の成績は、決められたカリキュラムないでの優劣に過ぎない。
大事なのは、使うべき時に使う力だ。
吹雪はその力に、自信が持てそうにない。
まだ何か言いたげな楓を無視して、吹雪はクラスを去った。
友達と言えるものは、ネットの中にしかいない。
周囲が見る見下した視線が、吹雪を苛立たせる。
唯一、ユウキのみ親友と言っても良い。
彼は自分と同じ悩みを抱えて、乗り越えた。
悩みを知っているからこそ、吹雪と普通に接してくれるのだから。
「ユウキ。俺はまだ走れそうにないよ」
自嘲をこぼしながら、吹雪は真っすぐ遺跡に向かった。
すっかり慣れたので、もう美央の案内なしで辿り着ける。
昼間は調査隊との名目で、父の部下がうろついている。
その為、隠し部屋でトレーニングを重ねている。
内容は二つ。組み手と戦術を学ぶ方法だ。
人間の戦術では傾に勝てない。だから吸血鬼の伝統を学んでいる。
「人間と構造が違うから、アテになる戦法は少ねえな」
「仕方ないよ。私達は異能はないけど、再生力と血を吸う力があるんだから」
「クソ親父の血はマズいだろうから、吸えたもんじゃなさそうだ」
吸血鬼の戦法は、再生を行かした犠牲戦法と奇襲が主だ。
いくつか自分でも使えそうなものを、学んでみる。
それでも父には通用しそうにない。
「にしても、君がこんなに強いとは思わなかったよ」
「これでも王女ですもの! 自分の身は自分で守らないと!」
「そこは護衛に任せろよ」
人間とは価値観が違うのだろう。
吸血鬼は強くなければ、リーダーに選ばれないらしい。
それでも見た目も話し方も。自分達と何も変わらない。
でも彼らはこんな遺跡に、閉じこもって生活している。
その理由は何故か。美央も知らないらしい。
「でも今日は俺が勝たせてもらうぜ!」
毎日連敗だ。だが不思議と挫折は得ない。
姉に全敗した時のような、屈辱を得ない。
彼女との組み手で、吹雪は徐々に新しい技を獲得しつつある。
「待って、吹雪。聖域が何か邪悪な者を察知した」
「そこら中に居るだろ? レーダーでもついているの?」
「いや。今度のはとんでもなく、邪悪な気配が強い」
今日の組手はお預けだなと、吹雪は楽観的に考えていた。
邪悪な者。傾の手下は吸血鬼の血がお望みのようだが。
隠し部屋を見つけることは、不可能だ。
ここは知らないと、まず気づかない仕掛けが施されている。
美央は侵入者の気配を辿るため、聖域へと向かった。
「母なる地球。その意思が宿りし者。この地を脅かすものの正体を告げよ」
気が狂ったのかと、冗談が言える状況ではない。
美央は光る石に話しかけて、目を瞑っている。
この場所には不思議な力を感じる。
もしかしたらその発生源が、あの石なのかもしれない。
美央からは、地球は一つの生命であり。
その意思を宿したものである、リアクターと説明を受けた。
「そんな……! どうして!?」
目を開けた美央が、驚愕している。
なにが起きたのか、問いただしたが無理矢理聞くのは得策ではない。
吹雪は美央が冷静に戻るのを、待った。
「雪道傾……。しびれを切らして、遂に自ら」
「親父が来たのか。そりゃ、邪悪だ」
「違う……。もっと邪悪な……。見えないけど、恐ろしい敵が近くに……」
彼女が何かに怯えていると、リアクターと呼ばれる石が光った。
何もない吹雪にすら感じられるほど、強い力を放っている。
「お、おい! これ、大丈夫か!?」
「共鳴反応……。他のリアクターがここに? マズいかも……」
吹雪は体が軽くなった気がした。
それと同時に遺跡全体が、揺れ始める。
「なにが起こったんだ? 空が近くなった気がするけど……」
「遺跡が浮かんだのよ……。リアクターの力で」
美央は隠し部屋から飛び出した。
吹雪も後を追うと、雲の中に遺跡がある。
「リアクター同士が共鳴して、重力が……」
「理屈は後だ。これで逃げ道がなくなった訳だ」
吹雪は舌打ちをした。ここまで想定していたか不明だが。
ここから落ちれば、一溜りもないだろう。
隠し部屋に隠れても、食料の問題がある。
対して敵はヘリなどを飛ばし放題だ。
遺跡が浮かんだせいで、美央は逃げるに逃げられない。
「低重力下だから、落ちても平気だよ」
「じゃあ、さっさと逃げよう。今親父と戦っても勝てないぞ」
「無理ね」
その理由は聞き返す前に、分かった。
遺跡の天辺ともいえる場所に、誰かが登ってきている。
冷たき顔を、自分を蔑む顔を吹雪は忘れた事がない。
「親父……」
「相変らず甘いな、愚息よ。姉の方ならもっと警戒していただろう」
「なにをだ?」
傾は携帯デバイスを、吹雪に見せた。
画面には傾の姿が。吹雪が見ている内容と同じものが映されている。
「お前達が生まれた時。脳にチップを埋め込んでいたのさ」
吹雪は目を開き、言葉を失った。
映像には視覚だけじゃない。聞こえた言葉も、リアルタイムで再生される。
「お前らの視覚、聴覚、思考は常に私の監視下にあるのだ」
「じゃ、じゃあ……。ここで美央と話したことも。特訓の事も……」
「勿論知っていたさ。知ってて放置していたのは、何故だと思う?」
吹雪は叩きこまれた戦術の基礎を思い出す。
戦局は常に動く。だが未来を決定づけるのは過去の行動。
戦略とは、積み重ねた行動と策の上に成り立つものだと。
傾は美央から情報を引き出すため、敢えて黙認していたのだ。
その間に彼女を確実に、捉える準備まで行っていた。
「流石我が息子だ。大体察したらしいな」
「ちっ……。俺の戦略や動きが読まれたのは、そんなトリックがあったからか……」
思考を読まれれば、当然次の行動も分かる。
吹雪が長年父親に勝てなかったのは、それが理由だ。
そしてそれは現在でも、同じ事が言える。
「大人しくその娘を渡せ。お前の戦意が消えているのも分かる」
「拒めばどうする? 実力行使か?」
「お前は拒めない。そちらの娘も」
傾はデバイスを操作して、別の映像を出す。
そこには吹雪が良く知る少女が、気を失っている。
直ぐ近くには、銃を持った兵士の姿が。
「楓!? 人質とは、アンタも悪人が板についてきたな」
「まったくだ。お前が賢ければ、こんな手段使わなくて済んだのだがな」
吹雪が抵抗すれば、楓の命はない。
傾は本気だ。彼は人の命を奪う事を厭わない。
それが仕事だからだ。
「あの子、吹雪にとって大事な子なのね?」
「腐れ縁だよ。切っても切れねえな」
「なら、私は行くよ」
美央は迷わず、傾のもとへ向かった。
ダメだと訴えたいが、言葉に出来ない。
美央を助けたら楓の命が危ない。
「お前はトロッコ問題は苦手だろ? それに不意もつけないぞ」
思考が奪われている以上、策を練っても無駄だ。
「この娘が来れば、ここには用がない。お前にもな」
「くそ……」
「相手が悪かっただけだ。勝ち目のない戦いをしないのは、賢明な選択さ」
吹雪は悔しさで、拳を握った。
その時、傾の背後から何者かが現れた。
一瞬で影しか視認出来ない。
「おい! お前、なにを……」
「マスター。用済みなら始末して良いはずです」
その冷たい言葉が聞こえた時。
吹雪は腹部に激痛が走った。
刺された。認識した時には、自然と瞼が重くなっている。
「おい。勝手な行動は慎め、ワイ」
「マスター、貴方の下につくものは優秀であるべきです」
「私は選民思考ではない。ネガリアン! 計画変更だ!」
薄れていく意識の中で、吹雪は彼らの会話を聞いていた。
もう一人、誰かがここに来る。
「何じゃ? 殆ど達成しているではないか」
「吹雪も戦艦に連れて行く。まだ息はあるはずだ」
「父親の情が働いたか? お前らしくもない」
情だと? そんなもの、父親にあるはずがない。
父は自分が優秀なら、他はどうでも良いはず。
自分の評価を下げる息子を、疎ましく思っていはず。
「そんなわけない。利用価値が出来た。それだけだ」




