第2話 自己価値
吹雪は美央に連れられて、ある場所に辿り着いた。
遺跡だ。縄文時代のものと思われる。
最近発見されたと、ニュースで見たことがある。
調査のため、遺跡周辺は封鎖されているが。
抜け道があり、美央に案内された。
彼女は迷いなく遺跡を進んでいる。
「おい。どこまでエスコートするつもりだ? 俺は迷子じゃないんだぜ」
「力を貸してくれるって言ったでしょ?」
「まあな。腕っぷししか、自信はないけどな」
美央は迷路のようになっている、遺跡の奥を進んでいく。
内部は洞窟の様になっており、薄暗い。
最深部に辿り着く。そこは緑色の光で、照らされていた。
「ここは?」
「私達は聖域と呼んでいるわ。入る事が許されるのは、王族のみ」
「じゃあ君は王女様って訳か。随分日本人ライクな名前で」
吹雪は皮肉を込めた、冗談を口にした。
だが予想外な事に、美央は真面目な表情で見つめて来る。
「吸血鬼の王女、だけどね」
「……。冗談だろ?」
吹雪は表情が凍り付いた。
僅かしか会話していないが、美央はそんな冗談をいうタイプではない。
なによりその目が、嘘を言っているようには見えなかった。
「日本には妖怪っているでしょ? あれ、私達の祖先よ」
「そんなんで、納得できるか。まあ、信じるけど」
正直、美央の正体はどうでも良い。
問題は彼女がなぜ自分を、ここに連れてきたのか?
自分になにをさせようとしているのかだ。
「今は殆ど避難させているけど。私達はここで居住していたの」
「へえ。君の他にも吸血鬼が、沢山居るんだ」
「一万五千くらいは」
吹雪は疑問に思った。この遺跡の狭さにしては、多過ぎる。
そう思ったが、遺跡には地下に降りる階段が存在する。
高さを整えれば、問題ないかと思い直す。
「この遺跡は最近見つかったものだ。まやかしの術でも使って、隠したのか?」
「良く分かったわね。その通りよ」
「冗談だったんだがな。どうやら嘘みたいな真があるようだ」
ここに来るまで、吸血鬼の姿を目撃していない。
避難と言う言葉から、遺跡が発見された時から去ったのだろう。
住む場所を追われる気持ち。吹雪には理解出来ないが。
帰る場所がなくなった、悲しみなら理解出来る。
自宅は彼が居るべき場所ではない。
「俺は何に手を出せば良い? 政治の事なら管轄外だぞ」
「雪道傾。彼を止める手伝いをして欲しい」
僅かな静寂が、二人の間に流れた。
吹雪は顔を俯かせ、美央から視線を逸らす。
「無理だ。俺に親父は倒せない」
「やはり……。親子の情があるの?」
「そんなんじゃねえ。あの親父に、勝った試しがない」
吹雪は目を瞑りながら、拳を握った。
苦い思い出が、脳裏をよぎる。
姉と共に、訓練させられた日々の記憶が。
「俺は戦術面、戦闘力、人脈。全てにおいて、あの人に負けている」
訓練の際、父親と組み手をしたこともあった。
戦略を学ぶため、番面での戦いもあった。
全て吹雪は本気だった。それでも手も足も出ない。
姉が正当な後継者に選ばれてから、吹雪は自由になった。
それは期待を捨てられたという事だ。
「俺に出来るのは、精々嫌がらせくらいだ」
「私も。他のみんなも協力する」
「それでも勝てない。俺には分かる」
父親がその気になれば、遺跡ごと破壊できる。
そうしないのは、何か理由があるからだろう。
「どうしてそんなこと言うの? やってみないと分からないじゃない」
「分かるよ。悔しいけど、分かってしまうのさ」
ずっと父の背中を見てきたからこそ、彼の強さが分かる。
クソみたいな背中だったが、それでも力は本物だ。
だから軍でものし上がる事が出来た。
「勝敗の分かる勝負は、したところで無駄さ。残念だけどな」
「お願いよ! アイツは私達を絶滅させる気なの!」
「そう言う事は、ユウキに頼むんだな! アイツならやってくれるさ!」
苛立ちから、口調が荒くなる吹雪。
「今度紹介してやるさ! それで良いだろ?」
「そう……。怖いのね? 親父さんが」
「怖いさ。俺は今度こそ、自分の無価値さを直視しそうでな」
ずっと昔、考えていた事がある。
自分より優れている人が居る世界で、自分が生きる価値とは何か?
自分がやらなくても、失敗しない人間がやれば良いのではと。
両親から期待されなくなり、姉との違いを見せつけられ。
吹雪は次第に、自分の価値を見失っていた。
分かっていても、目を背け続けている。そうしないと精神が持たない。
「俺は弱い。自分の弱さを認められないほどな」
よく自分の弱さを受け入れろと、訴えられている。
でも現実は、そんなに簡単にいかない。
弱さを認められるほど、強い人間には簡単になれないのだ。
「頼むなら、別の奴に頼むか。もっと簡単な事を頼んでくれ」
「貴方の言う通り。誰だって、弱さを認められないものよ」
美央は吹雪の頬を、殴った。
「ゴブニュ! 何故いきなりグーパン!?」
「ヘタレている人に、喝を入れるのはこれが良いって聞いたから」
「誰だ! そんな嘘教えたのは!?」
吹雪は頬を押さえながら、立ち上がった。
まだ痛みが続く。思いっきり殴られたそうだ。
「正直、私だって次期女王に相応しいとは言えない。独りで動く方が好きだもの」
「ああ。知っているよ。王女様が自ら動いている時点でな」
「人に頼るのは苦手なの。でもそれじゃあ王族は務まらない」
「それが分かっていても、変われない。そこは人間と同じようだな」
吹雪も内心変わりたいと思っている。
でも思っているだけで、行動に移せていない。
変われないまま、腐っていくのだろうと、どこかで諦めている。
「でも今回は、私だけでもどうにもできない。だから貴方の力を借りているの」
「だったら、判断を誤ったな。俺には無理だ」
「大丈夫。私が無理を可能にしてあげる!」
物凄く自信満々に、力強く美央は口にした。
全く根拠が見えない自信だが。吹雪も昔持っていたものだ。
失った瞬間に、未来が真っ暗になったものだ。
「どうやって、可能にするんだ?」
「特訓よ! 私がバシバシしごいてあげる!」
「勘弁してくれ……。古臭いにも程がある」
目を見れば分かる。美央は本気だ。
「貴方の戦い方。戦術の基礎は傾に教えられたものよね?」
吹雪は頷いた。一般的な中学生より、強い自負がある。
それは父親から、戦い方を教わったからだ。
「同じ戦い方で勝てないなら。違う戦い方を学ぶのは合理的じゃない?」
吹雪は目を開いて、言葉を詰まらせた。
美央が彼の反応に、首を傾げている。
「どうしたの?」
「いや。ちょっと前。親友が同じ悩みを、その言葉で解決したことがあってな」
あの時はなにを馬鹿なと、気にも留めなかったが。
彼は大きく変わった。そして今、心の問題を乗り越えている。
自分よりずっと先を、走っているのだ。
「なら君も変われるはずだよ。私が変えてあげる!」
胸を張って、誇らしげに口にする美央。
そこの言葉には論理性の欠片もない。
それでもっと、吹雪は縋る気持ちが出てきた。
「最後の賭けだな……。これでダメなら、諦めもつく」
「大丈夫! 諦めさせないから!」
「そこはダメにさせないと言ってくれ」
吹雪は根拠のない自信に、乗ってみることにした。
これが変われる、最後のチャンスだと信じて。
「今日はもう遅いから、明日から特訓だね!」
「いや、今からでも良い。どうせ俺が帰らなくても、心配はされない」
連絡せず、帰宅しなかった事は何度かあった。
その後家に戻っても、何も言われなかった。
家族は自分の事などどうでも良いのだ。
「んじゃあ、初めてくれ。弱くて、ダメで、劣等品の俺を変えてみてくれ」
「それじゃあ、場所移動ね! 聖域で戦うのはマズいから」
「いきなり組み手かよ……」




