第2話 山頂の基地
アリスはユウキと共に、偽物の撃退に成功した。
彼の持っていた、発信機を元に。
偽物が逃げた場所を特定する。
ついでに傷口から出た、血液の分析が進んだ。
てっきり自分のクローンだと思っていが。
正確も血の色もまるで違う。ただのコピーではなさそうだ。
「期待以上の戦果だよ。勲章でも与えたいものだ」
血液の解析と、偽物のアジトが同時に分かった。
正直どちらもユウキの功績だ。
アリスとしては、面白くない状況。
他人の戦果を横取りする気はない。
後でプレゼントくらい用意してやるかと、モニターに目を向ける。
「偽物の正体は、コードネーム"ワイ"。完全生命体の試作体だ」
「へえ。その研究は、凍結させられたのでは?」
アリスは皮肉を込めて、質問をした。
「どうやら雪道傾が秘密裏に、再開したそうだ。カプセルに入った試作型を持ってな」
「本当に傾一人の犯行なら、軍の諜報員もたかが知れていますね」
アリスはこれが単独犯ではないと、確信があった。
参謀とは言え、勝手に予算を使う事は出来ない。
それに傾は生物学は専門外だったはず。
研究をするには、知識を持った同士が必要だ。
――表向き凍結されただけで、軍は秘密裏に続けていたのだろう。
「まだ誕生途中だったワイに、君のDNAが使われたそうだ」
「この間の爆破騒動の時に、怪我したからね」
学校の子供を人質に、テロを起こしたバカが居た。
テロリスト鎮圧のため、アリスは現場に向かった。
結果的に全員無事で、テロリストも逮捕出来たが。
その時出血ものの、怪我をした。
幸い自分は軽症で済んだ。彼の怪我に比べれば、どうってことない。
「遺伝子データが、見た目に反映されただけのようだ」
「つまり器は同じで、中身は別物ってことですね。私より強い訳だ」
先ほどの戦いで分かった。ワイは本気じゃない。
恐らく一騎打ちをすれば、自分が負けるだろう。
相手の力量を見極める事。父から教わった、戦いの極意だ。
見誤れば、致命的なミスに繋がる。
敵を知り己を知ればなんとやらと聞いたこともある。
「それで。偽物の位置は分かったのですか?」
「ああ。これを見てくれ」
モニターに三次元地図が表示される。
山脈が並び、一番高い場所が赤く光っている。
「上層部の認知していない、軍施設がこの山に建設されていた」
「諜報部、総入れ替えした方が良いのでは?」
「……。どうやらそこで、傾が秘密裏に研究しているらしい」
地図からどこなのか、アリスには特定できた。
スキー場がある場所だ。幼い頃は良く、両親に連れて行ってもらった。
山に囲まれた町があり、冬場はとにかく雪が積もるのだ。
最も気温が低いため、防寒具なしではとても出られたものじゃない。
春先とは言え、まだ雪が残っている。
「偵察ドローンを出してみたが、電波障害で詳細は分かっていない」
映像が切り替わる。今度は雪山の様子だ。
山脈地帯のど真ん中に、要塞の様なものが建てられている。
「アリス。次の作戦を命じる」
まだ士官学校を卒業していないはずだが。
すっかり、軍に編入された扱いだ。
「傾の尻尾を掴む為、この基地に奇襲を仕掛ける」
「向こうはまだ、気づいていないでしょうからね」
発信機はユウキが持参したものだ。
ジャンクパーツで作られたものを見つけたとしても。
軍との関連を掴むことは出来ないだろう。そもそも関係ないのだ。
「君は地上部隊の一員として、基地の対空砲を無力化せよ」
「部隊? と言う事は、今回は協力者が?」
「本作戦は地上、航空、二部隊の協力体制を取る」
アリスは意外に思った。確かにエックスとワイは脅威だが。
まだ未知数の基地に、偵察もなしで攻撃を仕掛けるとは思わなかった。
また単独で潜入しろとでも、言われると思ったが。
「地上部隊の対空砲、制圧後。航空機による援護射撃を行う」
「証拠を集めることが、目的では?」
アリスは不審に思った。下手な攻撃を行えば、施設を破壊しかねない。
「航空機はあくまで支援だ。外壁が堅い。通常の爆弾じゃ破壊不可だ」
「一応納得しておきますよ」
何か裏がありそうだが、アリスは追及しない。
自分としては、偽物の罪を暴かればそれで良い。
潔白を証明して、さっさと卒業証書を貰うだけだ。
「本作戦において、君は一時的にアルファ隊所属となる」
「将来の配属を気にして、媚びでも売ってますよ」
「君のコールサインはアルファ30だ。無線ではこの様に呼ぶ」
軍では敵に個人情報がバレないよう、無線での本名は禁止されている。
一番がリーダーとは限らない。傍受でバレないようにするためだ。
だが若い番号以外は、基本入った順だ。
「一五○○に本作戦を開始する」
「十五時って……。もう一時間もないじゃないですか!?」
「その通りだ。急いで配置につけ。アルファ30」
アリスは舌打ちをしながら、無線機を受け取った。
誰かの指示に従うのは、性に合わないが。
配属が決まれば、嫌でも従わざる負えない。
「美声の司令官殿。貴方の事はなんとお呼びすれば?」
「私は司令官ではないが、無線で指示は出す。ストーンヘッドと呼べ」
「了解。ピッタリなコールサインで」
アリスは皮肉を残して、急いで指定の場所に向かう。
車や電車では到底間に合わない。
なので小型輸送機に乗って、察知されない場所まで近づくそうだ。
アリスは輸送機に乗り込んだ。
本来荷物を置く場所に、アリスは入れられる。
今回の作戦に参加する者達を、見つめる。自分を入れてたった五人だ。
「よお。新顔がやっと到着だぜ」
軽妙そうな、それでいて気の良さそうな男性が手を上げる。
「30番を貰ったから、三十人いるのかと」
「この作戦は機密だから、人数は最低限なのだとよ」
アリスは余計に任務を怪しんだ。
傾一人の仕業に見せかけているとはいえ、軍の基地なのだ。
僅か五人で落とせなど、無謀過ぎる。
「俺はアルファ13だ。同じサーティーン同士仲良くしような」
「13番と30番では、まるで違いますけどね」
「言うね! 隊長、卒業したら是非ともうちの部隊に入って欲しいものだ!」
アルファ13が隊長と思わしき人物の、背中を叩いた。
ヘルメットを被っているので、顔は分からない。
「作戦中はアルファ11と呼べ。ライトマウス」
「まだ作戦決行前だろ? 新入りにも分かり易く説明しないとな」
「まだ学生だ。社会は経験がものを言う。学校での成績は、初戦飾りだ」
声の低さから、男性であることは理解できた。
アリスはムッと来たが、彼の雰囲気を感じて踏みとどまる。
「残りはアルファ7とアルファ2だ。モブだから覚えなくて良いぞ」
「ちょっと! 僕は経験が浅いですが……。モブはないでしょ!」
若い男性、恐らく新米の方の兵士が講義している。
彼がアルファ7だ。アルファ2はアリスを除くと唯一の女性。
「……」
「悪いな新入り。この子は無口なんだ。返答がなくても、気にしないで欲しい」
「貴方はお喋りですね。アルファ13」
アルファ13はアリスの皮肉にも、笑顔で返す。
こういう人物は嫌いではない。意外と面倒見が良さそうだ。
『アルファ隊各員に告ぐ。まもなく作戦領域に入る』
無線からストーンヘッドの声が聞こえてくる。
輸送機はいつの間にか発進して、到着したようだ。
『敵の数は未知数だ。気を引き締めてかかれ』
「おいおい。敵は雪道傾一人じゃなかったのか?」
『アルファ13へ。先に言っておく。私語は慎め』
輸送機が着地して、ハッチが開く。
山には溶け切れていない雪が残っている。
歩くのに苦労しそうだ。その上山の頂上に立つ、基地を制圧しろとの事だ。
まだ卒業していないアリスには、無理難題に思える。
何も起きないはずがない。嫌な予感がする。
それでもアルファ隊の面々は、緊張感を持っていない。
「アルファ11。目的地に到着した。これより作戦を開始する」
「OK! 新入り! 隊長から逸れるなよ!」
「私はまだ、入隊していません!」




