第1話 士官学校、スーパールーキー
軍の兵士を育成する場所。士官学校。
そこで全ての成績をトップで納める、スーパールーキーが居た。
二回生であり、卒業間近。どの舞台も彼女に期待をしている。
金髪の髪を長く垂らし、赤いカチューシャを付けている。
青いワンピースの上に、白いエプロンを着こみ。
ダルそうな青い瞳で、机の向こう側を見つめていた。
「これが先日、軍の基地で撮影された映像だ」
少女、冬木アリスは怪訝そうに映像を見る。
防犯映像に映っているのは、間違いなく自分だが。
全く身に覚えがない。そもそもこんな施設、彼女は知らない。
「本来なら君に質問攻めをしたいところだが……」
目の前の人物。アリスの教官は、動画を操作。
なぜか施設を襲撃している者の手をアップする。
「手袋をね。していないんだよ。なのに指紋が取れなかった」
アリスは仏頂面で、映像を眺めた。
画質が悪いので何とも言えないが、指に指紋らしきものがない。
これじゃあ、手相占いも出来ないねと皮肉を心で呟く。
「だが顔をAIで識別してみたら。君と完全一致するようだ」
「……」
「この件について、調査を……。話聞いている?」
教官はアリスがずっと無言なので、不安に思った。
アリスは映像など無視して、聴覚に神経を集中させる。
「あれ? もしかしてイヤホンしてる? イヤホンしてるよね?」
アリスは耳元を塞いでいた。
教官の声は、半分も届いていない。
「よし! 行け! そのままぶち抜け!」
「競馬聞いてんのか! テメェ!」
教官はアリスの耳元から、イヤホンを取り上げた。
音声が漏れて、彼女がなにを聞いていたのかが分かる。
『梅雨前線が……』
「なんで天気予報、聞いてんだ!? なんだ今の反応は!?」
教官の愉快な反応が見られて、アリスは満足した。
天気予報によると、午前一時ににわか雨が降るらしい。
その時間に外に出るのは、避けたいものだ。
「あのなぁ……。事の重大さを分かっているのか?」
「分かっています。ようは偽物をぶっ潰せってことでしょ?」
「話は最後まで聞きたまえ。重要な要件がある」
アリスは教官から、タブレットを渡された。
男性の顔が三方向から撮影されている。
「誰ですか? このオジサンは? 東京都知事?」
「参謀だよ! 雪道傾! 軍の中で屈指の……」
「タカ派と呼ばれ、現在の軍備に不満を洩らしている人でしょ?」
アリスの解説に、教官は溜息を吐いた。
傾の事を知らない学生は、殆どいない。
彼はわざわざ訓練に出て、過激な思想を学生に植え付けるのだから。
息子の方とも知り合いだが、まるで正反対の親子だ。
正直アリスも傾を快く思っていない。
「それで? 軍の偉い人と私の偽物に、何の関係が?」
「彼には黒い噂があってね。近頃クーデターを企てているとか、生体兵器を開発しているとか」
黒い噂は絶えない人物でしょっと、アリスは思った。
過激思想の人間が、考える事は良く分からない。
この世には力ですら、どうにもならないことがあるというのに。
「彼が君のクローンを作った。上層部はそう考えている」
「ケローン?」
「ううん。クローン」
クローン。自分の細胞から作られた、コピー。
アリスにはこれが、単純なコピーには見えない。
少なくても思考が同じなら、アリスはこんな事しない。
多分何かしら、脳に処理をされているだろう。
自分の細胞で好き勝手されるのは、不愉快だ。
「そこまで分かっているなら、さっさと問い詰めれば良いじゃないですか」
「証拠がないんだよ。参謀クラスを追い詰めるには、確固たる証拠が必要だ」
「でしょうね。学生の手も借りたいわけだ」
軍の主要人物は、傾の部下にマークされているだろう。
彼の裏を突くには、こちらも奥の手が必要だ。
「私が適任とは言えませんね。クローンを作ったなら、真っ先に監視するでしょう」
「それが目的だよ。君がクローンを追えば、傾も当然動く」
「私に囮になれと? 横浜新型デパートに」
「お前何言ってんだ?」
アリスは教官の髪の毛を掴んだ。
そのまま上方向へ、引っ張る。
「教官。軍が学生にそんなこと頼んだら、それだけでスキャンダルですよ?」
「私だって反対したさ! でも上が言うんだから!」
「はぁ……。仕方ありませんね」
アリスは教官を離した。彼も軍に所属している。
平たく言えば、下っ端も良いところだ。
参謀が相手だと、相当上層部が動ているのだろう。
「別に私が偽物を捕まえても、構わないのでしょ?」
「勿論だ。寧ろ上層部はそれに期待している」
「随分身勝手な、上の人間だこと」
アリスは立ち上がり、立てかけた剣を装備する。
「了解しました。その任務、引き受けましょう」
「拒否権はなかったが。まあ良いや」
なぜ自分のクローンなのか。おおよその予想はつく。
父と母の細胞が欲しかったのだろう。
それに自分は士官学校で、悪目立ちしている。
コピーするには、丁度良い存在だったのだ。
上等だ。参謀だろうが、切り身にしてくれよう。
「まあ、大した情報もないんだ。気楽にやりたまえよ」
「あ~、あ~。もう聞こえませ~ん」
「急にイヤホンを付けるな! いつの間に取り戻したんだ?」
アリスは取り調べ室から出て、士官学校を後にした。
街に出て、偽物の情報を集めるとする。
期待されているのか、されていないのか分からないが。
始めたことは終わらせる。それが彼女の流儀だ。
大好きな音楽を流しながら、街を駆ける。
「私のクローンなら、実力は互角。誰か一人くらい、協力者が欲しいですね」
両親に相談すれば、手を貸してくれるだろうが。
正直気乗りしない。一カ月後は自分も、軍に配属される。
こんな事くらいで、親を頼ってられない。
「さてと。いい感じに暇そうで。腕の立つ者が居れば良いのですが……」
その時、丁度亜麻色の髪をした、青い服の少年が横切った。
なにやらぶつぶつ言いながら、街を歩いている。
「ユウ? ユウじゃない!」
「うっ……」
少年、ユウキはあからさまに嫌そうな表情をした。
アリスは内心呟いた。暇人ゲットと。




