同級生との同棲モノを書きたかった。
「――……っ、はぁ……こいつ、またか……」
カーテンの隙間から射す朝日で目を覚ました春樹がまず目にしたのは、眠っている女の子の顔だった。
金髪ボブのその女の子は、本来なら切れ長の目のせいで少々きつい印象を受ける顔なのだが、安らかに目を閉じている今、そんな印象はどこにもない。こうして近くで見ると、まつ毛が長くて多いことがよくわかった。
鼻筋はスッと通っていて、血色のいい唇は小さいけれどぷっくりしていて、白い肌もきめ細やかだ。普段軽くしかメイクはしない、と本人は言っていたが、春樹にはすっぴんとの違いがあまりわからなかった。なんて言うと、デリカシーがない、なんて言われそうだが。
そんな美人の女の子が、春樹に抱き着くかのように身を寄せて眠っていた。起きている本人を前にしてそんなことは言えないが。
ただでさえ男の朝の生理現象中の春樹は起こさないようにそっと、布団の中で距離を取る。が、肉体的な接触がなくなっても、明らかに自分のものではない女の子のいい匂いがして、そのせいで猛々しい下半身は収まりそうになり。
すぐ横で安心しているかのように静かに眠るこの女の子――奏とは、別に恋人でもなければ、ましてや夫婦なんてことはもちろんない。ただのクラスメイト――というのはちょっと過小評価すぎるので悪友ということにする――だ。
そんな相手ともちろん、一緒に寝たりはしない。奏の分は奏の分でベッドの隣下、床に布団を敷いてある。
が、しかし。
寝る時は別々だったはずなのに、朝起きてみると、寝ぼけているのかわざとなのか。奏はこうして春樹の布団へと潜り込んできていることがよくある。というか、ほとんど毎回だ。
春樹とて思春期真っ盛りの高校二年生だ。同じ布団で寝て劣情を催さないわけがない。
しかも奏からは『シたいならシてもいいよ』と言われてもいる。もし手を出してしまって起こしてしまったとしても、怒られはしないだろうなとは思う。
正直、魔が差しそうになったことは何度もある。
それでも春樹は、奏が泊まりに来るようになって一ヶ月、どうにか我慢できていた。
奏が『いいよ』と言ってはいても無理していることは明らかだったし、それに本当に手を出してしまえば、奏はもうこうして部屋に泊まってくれないんじゃないか、という不安もあった。
あと、これは個人的な理由ではあるのだが、最低な男たちの仲間入りをしたくない、というのもある。
色々と大変なことはあるけれど、奏とこの部屋で過ごすのは春樹にとって嫌いではなかったから、この生活を壊したくなかった。
もっとも、布団に潜り込んでくるのだけは本当に勘弁してほしいのだけど。理性がガリガリ削られるから。
「……起きるか」
ベッドボードに置いたスマホで時間を確認してみると、アラームが鳴る十分前だった。
奏のせいで眠気はとうに飛んでいるので、アラームを解除して起きることにする。
寝ている奏を起こさないように慎重にベッドから起き上がり、なるべく音を立てないように部屋を出てドアを締める。
春樹の部屋は1Kタイプであり、居室から出た細長い廊下の両サイドにキッチンや収納兼クローゼット、トイレ、お風呂兼洗面所がある部屋だった。風呂トイレ別なのはいいのだが、脱衣所がないので廊下で着替えないとならないところは正直不便だった。
本当ならもうちょっとちゃんとした部屋に住みたかったのだけど、唐突な引っ越しに加え、家賃や通学のことを考えなければならず、妥協した結果、今の部屋になった。
窓がない廊下は陽の光が届かず薄暗く、ひんやりとしていた。おかげで五月も半ばだが肌寒い。
春樹は洗面所で簡単に身だしなみを整えると、クローゼットから取り出した制服へと着替えた。スラックスにYシャツ。あとはネクタイとブレザーを羽織れば学校へ行けるようにしておく。
電気ケトルに水を入れて沸くのを待つ間に、玄関入ってすぐのところに設置されている洗濯機を回す。自分の物と奏の物だ。奏の物は黒い洗濯ネットに入れられていて、中は見えないようになっている。
布団に潜り込んでくるような奏にも羞恥心がある……のではなく、これは春樹がそう頼んだからだ。初めの頃は無造作に下着が放り出されていて、心臓にとても悪かった。奏は男の性欲を甘く見すぎている、と春樹は思う。
洗濯機を動かしたら、あとは朝ご飯と弁当の用意。
今日は昨日、奏からリクエストがあったので、弁当はサンドイッチ、朝ご飯はそれの残りとする。さすがに朝昼と同じ物が続くのはどうかなと思うので、朝ご飯の分はパンだけ焼いてホットサンドにするけど。
朝ご飯に限らず、この部屋でのご飯の準備は春樹がしている。奏は料理ができない上に、放っておくとコンビニの物ばかり食べるので、なるべくまともな料理を食べさせるようにしていた。
春樹にしても、一人だと手を抜いてしまいがちなので、奏のために料理をすることは苦ではなかった。それに二人分だと材料を下手に余らせることも少ないし。
挟むものを準備し、パンをカットし、サンドイッチの量産体制を作っているとお湯が沸いたので、一足先にコーヒーだけ飲むことにする。コーヒーといってもドリップバッグの簡単なものだが。
砂糖もミルクも入れずにブラックで飲むのが春樹は好きだった。しかし奏に言わせるとその飲み方は『カッコつけてる』らしい。ほっとけ、と思う。
コーヒーを飲みつつ、弁当用のサンドイッチを作り終える。朝ご飯用はあとはパンを焼けばオーケー――というところで、朝の一番大変な仕事がやってくる。
奏を起こす、という大仕事だ。
奏は普段ハイテンションなくせに、寝起きが異様に悪く、春樹はいつも起こすのに四苦八苦していた。
去年も同じクラスだったが、度々遅刻したり学校自体サボっていたのはこのせいだったのか、と一緒に過ごすようになって思い知った。
こうしている今でこそ奏の遅刻はなくなったが、それには春樹の影の努力があった。
「さて、と……」
部屋に戻って未だすやすやと眠る奏を見下ろす。抱き着く対象がいなくなったためか、今度は布団を抱きかかえるようにして眠っていた。おかげで布団からあちこちはみ出している上にパジャマにしているズボンの丈が短いこともあって、柔らかそうな白い太ももが完全に露出していた。
「おーい、朝だぞ。起きろー」
それをなるべく見ないようにして、声をかけつつ春樹は奏の肩に手を添えてゆさゆさと揺する。
が、起きない。
これぐらいで起きるなら、毎度毎度苦労していない。
春樹は盛大にため息を吐くと、まずは部屋のカーテンを全開にする。今日も晴天で良き哉。眩しいのか「うぅん……」と苦しそうな呻き声を上げて、奏は布団を頭まで被る。
その布団を無慈悲にも取り上げて、奏の全身を日光にさらす。光を遮る物を失った奏は、逃れるためにうつぶせになる。もう起きてるだろ、と春樹は毎度思うのだが本当に寝ているらしい。人間って不思議。
ここからが本番だ。今日はどうしてやろう、と春樹は考え――アレにするか、と一度キッチンに戻る。冷凍庫から保冷剤を取り出すと、ひやっひやのそれを無防備な奏の首筋に当てる。
そして、待つこと数秒。
「――……うひゃおっ!」
という謎の叫び声を上げて、奏が飛び起きた。
こうして、今日も春樹は奏を起こすことに成功するのだった。