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妹がフォルカーと楽しげに踊る姿を、エリックは遠目に眺めていた。
(まさかフォルカー様がマリーに興味を持つとは…一目惚れという感じでもなかったが、紹介した時マリーも驚いていたから、今まで接点もなかったはずだ。どういうことだろう)
意外にも二人の相性は悪くなかったようだ。エリックが取り持ったのは最初だけで、フォルカーは「私は今日充分に働いた。この後も例の件で忙しくなるだろう。…その前に、少しばかり休息を取る権利くらいあると思わないか?」とエリックに耳打ちし、示唆を理解したエリックは宰相に報告に行った。潜入捜査で成果を挙げた上に暗殺されかけた息子をねぎらう気持ちがあったのか、宰相も苦笑いで許してくれて…エリックが会場に戻ると、二人はすっかり打ち解けていたのだった。
(アルはマリーを置き去りにしていたようだな。頼んだ側からすれば無責任だと文句のひとつも言いたいが…結果的には悪くなかったようだ)
友人として付き合うぶんには、アルブレヒトはいい奴だと思っていた。ハイデマリーの気持ちも知っていたが、どんな女性にも礼儀を超えた優しさで接するアルブレヒトに妹を任せるには不安の方が大きかった。アルブレヒトが女性たちにいい顔をしているぶん、ハイデマリーが敵視されるのではないかと心配だったのだ。
それでも可愛い妹が望むのなら反対する気はなく、今日の代理もエリックから頼んだことだった。アルブレヒトもハイデマリーを気に入っているのはわかっていたし、うまくいって婚約が結ばれればその後はさすがに行動を改めるだろう。改めなければ婚約者の兄として厳しく言うつもりもあった。
(フォルカー様はそんな心配とは無縁のお人柄だし、万が一このまま二人の仲が進んだら…うちには勿体ないようなお相手になるな。だがマリーは裏表がないし賢い子だから、フォルカー様を支えて安らげる家庭を作るだろう。アルの時より応援したくなる)
まだどうなるかもわからないのに、我ながら気の早いことだ…とエリックはひとり笑って視線を別の二人に移す。
そこには王弟殿下イグナーツと侯爵令嬢コンスタンツェが、微笑みながら優雅なステップを披露していた。
物静かで聡明なイグナーツと控えめだが気品あるコンスタンツェの組み合わせは、周囲が見惚れるほどに美しい。だが二人はお互いのことしか目に入っていないようで、親密な空気がここからでも感じられるようだ。
(…やはりお似合いだな。イグナーツ様が以前からコンスタンツェ嬢を気にされていたことは周りも知っていたし、二人の性格のせいでなかなか進展しないことを歯痒く思っていた。あの雰囲気であれば、近いうちに慶事の発表があるかもしれないな)
妨害しかねない令嬢はもういないことだし…とエリックは先ほどの出来事を思い出す。
相手の爵位と顔で態度を何段階にも使い分けるマグダレーネにとって、エリックは重要視すべき人間ではなかった。宰相の部下であること、子爵家だが裕福であること、美形というほどではないがそこそこ整った容姿だったことから『近付きたいなら許してやらないこともない』という程度の扱いをされていた。とくに近付きたいとも思わなかったため傷つくこともなかったが、アルブレヒトは多少親しくしていたようだ。
(もしもアルがマグダレーネ嬢の気まぐれでちょっかいでもかけられていたら、まずい立場になるだろうな。隠していてもどこかで誰かに見られているものだから)
マグダレーネ嬢を連行した時も、フォルカーが一応気遣って人目を避けたにもかかわらずあっという間に噂が広がった。エリックが庭園の扉を開けて声をかけてしまったことが原因のひとつではあるが。
(公爵家の事件についてフォルカー様を、媚薬の件でマグダレーネ嬢を探していたらちょうど揃って話しているところだったからな…つい気が急いてしまった)
身代わりで禁制の媚薬などという恐ろしい代物を浴びた恨みもある。得体の知れない薬が身体にどのような影響を及ぼすか、後遺症があるのではという心配もあったし、中和剤が効かなければ目に付いた女性に襲いかかっていた可能性すらあった。そうなっていたら後で薬のせいだと認められても、エリックのみならず子爵家ごと大打撃を受けたかもしれないのだ。
エリックは先ほど入ってきた庭園の扉から、もう一度外に出てみた。夜も深まり、涼しい風が心地よく吹き抜ける。
──目の前を、金色の光がひらひらと舞った。
(なんだこれは…蝶?夜に蝶が飛ぶなど…しかも金色の蝶など見たことがない)
エリックはぽかんと光の軌跡を追うが、灯りの届かない庭園の奥に向かっているため細部が見極められない。
(まるでマリーが着けていたブローチのような…ああ、そうか、幻覚か。媚薬には幻覚作用もあったのかな。まだ完全に抜けていないみたいだ)
現実的なエリックはそう結論づけると、正体を確かめることを止めてのんびりと光を眺めた。これからまた仕事に戻らなければならない。その前に何かわからないが綺麗なものを見てひと時心を癒せたのだから、それで充分だった。
──金色の蝶は輝きながらしばらく庭園にとどまっていたが、やがて大きくはばたくと、夜空に向かって飛び去っていった。
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