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 庭園と会場を隔てる扉、その脇にいて涼んでいたコンスタンツェは庭園の奥の物音を聞いていた。徐々に盛り上がりを見せていた夜会の熱気から逃れようと、庭園への扉を開けたものの人のいない様子に怖気づき、扉の傍から離れずにいたのだ。

 (なんだったのかしら。言い争いや叫び声が聞こえたわけではないけれど、なんだか慌ただしい空気や乱れた足音が…王宮に侵入した不審者でもいたのかもしれないわ。でも先ほど騎士の方が駆けつけたのが見えたし、おそらく無事に解決したのでしょうね)

 不穏な空気の間は身じろぎもできず固まっていたコンスタンツェだが、静かになるとホッとして会場に戻ることにした。

 ──ドレスのスカート部分にあしらわれたレースに、格闘の弾みで飛ばされたブローチが引っ掛かっていることに気付かないまま。


 (さらに賑やかになっていると思ったら…イグナーツ様が入場されていたのね)

 少し離れたところに女性が固まっており、中心に王弟のイグナーツが立っている。国王の齢の離れた弟であり、主に外交関係の公務を担っているイグナーツはまだ独身の上婚約者もいない。地位はもちろん、眉目秀麗で穏和な性格のイグナーツは婚約者のいない令嬢たちの憧れの的だった。

 コンスタンツェも挨拶に行きたかったが、あの集団の中に割って入り、会話に混ざる勇気がなかった。

 侯爵家の令嬢であるコンスタンツェであれば、身分的に遠慮する令嬢はいないと言っていい。公爵令嬢のマグダレーネは別だが、今は姿が見えなかった。

 だがコンスタンツェは、大勢の会話がどうしても苦手なのだ。

 話しかけられたり質問されたりして返事を真剣に考えて答えようとすると、その頃には相手は別の人間と話していたり別の話題に移っていたりする。自分でもあまり頭が良い方ではないことは自覚していた。

 『やはり深窓のご令嬢はおっとりされていますな』

 『お姫様らしい鷹揚さですわね』

 本気で褒めてくれる人も、侯爵家に阿って言葉を選ぶ人も、皮肉でそう言う人もいた。学院の成績はどちらかといえば上位という程度、それも人一倍勉強してのことだ。作法にしろ自領の知識にしろ、全てそのようにして必死に覚えこんできたのだ。

 (とくにマグダレーネ様は、私と話していると笑顔でも目に苛立ちが浮かんでいた。…とても頭の良い方だから、私の反応の鈍さが我慢できなかったんでしょうね)

 高位貴族で齢の近い者は、たいてい幼い頃から顔見知りだ。子どもの頃から美少女で態度も堂々としていたマグダレーネは、爵位の高さもあって常に皆の中心にいた。コンスタンツェの家も高位ゆえ他の者に侮られることはなかったが、マグダレーネだけは遠慮なくコンスタンツェをからかい、馬鹿にしていたのだ。

 …幼い頃に城で開かれた子どもたちの集まりには、イグナーツも時々顔を見せた。

 マグダレーネがハキハキと声をかける後ろで、口を挟む隙を見つけられないコンスタンツェに必ず気付いてくれ、声をかけてくれた。考えながら一生懸命紡ぐ言葉を辛抱強く待ち、聞いてくれた。苛立つどころかいつも楽しげに話をしてくれた。

 年齢が上がり夜会に出るようになっても、コンスタンツェを見付けると変わらず話しかけてくれている。『殿下がお優しいからといって、貴女ののんびりした会話に付き合わせてはご迷惑よ』とマグダレーネに言われてからは、こうして会場の隅で密かに見つめることしかできなくなってしまったが。

 (…本当はお話したいのに…)

 令嬢たちの姿に隠れたイグナーツをせめて視界に入れようと、コンスタンツェは少しだけ足を踏み出した。

 ──その時、ドレスに引っ掛かっていたブローチが外れて落ちた。レースには金糸の刺繍が入っていたためそれまでも意匠のひとつのように馴染んでおり、落ちた時も誰にも気付かれなかった。

 床に落ちたブローチはコンスタンツェの足元に転がり、ヒールに当たって驚いたコンスタンツェはバランスを崩してしまう。僅かにふらついたもののなんとか体勢を戻し、安堵のため息をついた。

 (良かった、こんなところで転んだりしたらとんでもない恥をかいてしまうところだったわ…え?)

 「大丈夫か?」

 目の前にコンスタンツェを気遣う、イグナーツの姿があった。

 「あ、お、王弟殿下にご挨拶申しあげ」「挨拶は省略だ。今よろけただろう?もしかして足を痛めた?」

 慌てて礼を取ろうとしたコンスタンツェを遮り、イグナーツは心配そうにこちらを覗きこんでいる。

 「大丈夫です。少しバランスを崩してしまっただけで…お恥ずかしいですが」

 そういえば、なぜバランスを崩したんだろうか?靴に何か当たったような気がしたのだが…コンスタンツェが考えていると、イグナーツは微笑んだ。

 「そうか。念のためあちらに座るといい。…休んでいる間、私の話し相手になってくれるだろうか」

 壁際の椅子を示され、コンスタンツェは信じられない思いでイグナーツを見た。

 私なんかに、殿下のお話し相手はつとまりません。そう答えて遠慮するべきだ。口を開きかけたところで、コンスタンツェはふと思った。

 (ささやかなアクシデントのおかげで訪れた、せっかくの機会…ずっとお話したかったんだもの。少しだけ、少しだけだから、お付き合いいただいてもいいかしら?)

 「殿下のお時間をいただいてもよろしければ…」

 「コンスタンツェ嬢のためならいつでも時間を作るよ。あと殿下、はやめてイグナーツと呼んでくれないか?昔のように」

 「イグナーツ様…」

 嬉しさで舞い上がっている今は、普段以上にぼんやりして見えるだろう。気を引き締めなければ、と思っていてもコンスタンツェはふわふわした気持ちを抑えられなかった。

 イグナーツは一緒について来たそうな令嬢たちをやんわりと目で制しながら、コンスタンツェを椅子までエスコートしてくれる。

 (断らなくて良かった。久しぶりに少しでもお話できるなら嬉しい。…あの時靴に何かが当たったおかげで、私も一歩踏み出せた気がする)

 …イグナーツと歩きながらこっそり振り返って床を見たが、そこには何も落ちていなかった。

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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