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「食虫花に捕まっちゃえばいいんだわ!」

(…なんの話だ?)

 若い女性の声で謎の台詞が吐かれ、勢い良く去っていく足音が聞こえた。灯りのそばを通った時に赤っぽい髪と深い緑色のドレス、幼さの残る横顔もちらりと見えた。

 フォルカーは一瞬目的を忘れて令嬢の姿を見送ったが、そんな場合ではないと思い出し目を逸らす。

 夜会の会場内を突っ切るのは人目につく上、誰彼となく話しかけられ足を止められる可能性が高い。庭園を通って目立たないよう城内へ入りたかった。

 招待客が酔いざましや逢瀬に使うには早い時間だからか、先ほどの令嬢以外に人は見当たらない。宰相である父の執務室まで、誰にも会わずに済むといいのだが。

 ──父の補佐を務めるフォルカーは、城の文官の青年たちとは一線を画している存在だった。貴族の不正を暴くための調査に監査、そうした立場上他の者と馴れ合うことを避け、距離を置いての付き合いにとどめている。

 女性たちはそんなフォルカーに興味津々のようで、このような場で見つかってしまえばさり気なく、または真正面から突撃されることになる。鋭い美貌や謎めいた存在感、父である宰相の権力など、魅力を感じるところは多いらしい。だがフォルカーは立場上という理由を差し引いても、いろいろな女性たちと交流を持ちたいとは思わなかった。

 いずれはどこかの令嬢と婚約を結ぶことになるのは納得している。もしもその時自分の希望が通るならば、職務で張り詰めた精神を癒してくれる相手が良い…と漠然と考えていた。厳しい父のもと極秘任務に携わることもあるフォルカーには、なかなか緊張を緩められる場所がない。

 今も某貴族家に対する隠密捜査の成果を届けるところだった。高位貴族のため証拠が揃うまでは秘密裏に動く必要があり、フォルカーは単独で証拠集めをしていたのだ。

 裏のオークション。貴族や裕福な商人が参加するそこでは、国内のみならず他国からの商品も多数出品され、密かに競り落とされている。

 むろん裏であるからには正規の商品であるはずもなく、盗難にあった美術品や犯罪がらみで押収されたはずの宝飾品、我が国では禁止されている薬物、果ては見目の良い男女や珍しい容貌をした少数民族の子どもまでが競りの対象となっていた。

 オークションの存在自体は以前から把握しており調査を進めていたが、元締めとなる者の正体がなかなか掴めずにいた。それがある日、父の部下のひとりであるエリックにより偶然手がかりが発見されたのだ。父に命じられ慎重に探りを入れること数ヶ月、絶好の機会が訪れた今夜フォルカーはオークション会場の潜入に成功し、証拠となる書類の入手に成功した。

 (急がねば…しかしあの言葉はなんだったのか。ショクチュウカと聞こえたが、食虫花で合っているのか?どういう状況であんな独特な台詞が出てくるのか…こんな場合でなければ呼び止めて、話をしてみたかった)

 頭の隅でそんなことを考えながらも足を踏み出そうとしたとき、植え込みの下でなにか小さなものが灯りを反射して光っていることに気付いた。

 フォルカーは思わずその光に近付き、正体を確かめようとして目を凝らす。

 (婦人の装飾品の一部だろうか、金細工のような…)

 ──身をかがめたその瞬間、頭上でヒュっ、と風が切れた。

 咄嗟の反応でフォルカーは低い姿勢のまま身体の向きを変え、素早く剣を構える。

 (刺客か!気付かれて後を追われたのだ。不覚だったな)

 フォルカーがひと気のない場所まで来たところで襲い掛かってきたのだ。証人となるフォルカーを殺して書類を取り返し、証拠を隠滅する気なのだろう。

 騎士のように腕が立つわけではないが、仕事柄危険が伴うフォルカーはそれなりに鍛錬もしていた。切り付けられるまで気配に気付けなかったことが情けないが、最初の一撃をかわせた今、一対一ならば簡単にやられるつもりはない。

 (ここで騒ぎになってはまずい。夜会には事件の関係者も出席しているのだから、勘付かれて逃亡されても厄介だ)

 …無言の渡り合いの末、腕を切られた刺客が剣を落としたところでフォルカーは相手を締め上げ、気絶させることに成功した。

 その時になって城への入り口を警備していた騎士が、争う気配を感じたのかやって来る。夜会の最中であり何があったのかわからない以上、無闇に騒ぐことはせず近付いてきたのは幸いだった。

 フォルカーに気付き礼を取ろうとした騎士を制し、小声で指示を出す。

 「牢に入れて早急に取り調べろ。私は宰相閣下にお伝えする」

 かしこまりました、と騎士が素早く刺客を拘束し運んでいくのを確認し、フォルカーは城内に入って父のもとに向かった。

 (…私が殺され、書類を奪い返されていたら…すぐに全ての証拠が隠滅され、追及することが難しくなっていただろう。オークションも閉められて二度と手掛かりは得られなかったかもしれない。首尾よく書類を手にしたことで、油断した私の失態だ。危ないところだった。

 …あの時、小さな光に気を取られていなかったら、今頃は…)

 フォルカーは振り返って植え込みの辺りに目を凝らした。ここからの角度では隠れてしまっているのか、金色の光はどこにも見当たらなかった。

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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