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ラビニアとの邂逅

研究室の備品を運んでいたら思いがけず王女の専属画家と出会(でくわ)し、そして思いがけずラビニア王女の姿を遠巻きに拝謁することになったチェルカ。


だけど王族にとって一介の、それも下っ端の(階級は別として)魔術師なんぞ風景のひとつでしかない。

このまま王女殿下御一行+クロビスはチェルカを気に留める事もなく立ち去って行くのだろう思っていたのに、なぜかクロビスが突然「ラビニア様、一時(いっとき)お側を離れる事をお許しくださいっ」と言ってチェルカの方へと駆け寄って来た。


「……?」

チェルカが箱越しにその様子を不思議そうに見ていると、あっという間にクロビスがやって来てチェルカが持っていた箱を取り上げた。


「え?クロビス?」

「チェルカ、さっさと運んでしまおう」


どうやらクロビスは箱に運ばれている状態のチェルカを見かねて変わりに運んでくれるらしい。

チェルカがきょとんとした顔でクロビスに訊ねる。


「でも王女殿下のお側を離れてもいいの?」

「よくない。よくないけど、チェルカを放ってもいけないという気持ちがあって仕方ないんだ。だからさっさと運んでしまいたい」

「まぁ……」


あれだけ王女王女と言っておきながらもチェルカを優先させようとしてくれることにチェルカは驚いた。

なんだか以前のクロビスに戻ったような。


「ありがとうクロビス。じゃあ研究室まで……


“お願い”という言葉を最後まで言おうとしたのに、それをラビニアの声に遮られてしまう。


「クロー、ダメよ?これからみんなで南の庭園に咲いた希少な冬薔薇を見に行くのだから」


そう美しい声で言いながらラビニアがチェルカとクロードの元へと歩いて来る。

後ろに取り巻きの美しい青年たちをぞろぞろと引き連れて。

王女とのまさかの距離にチェルカは慌てて頭を下げて礼を執る。


クロビスは困ったようにラビニアに言った。


「申し訳ありませんラビニア様。だけど婚約者が困っている様子でしたので思わず体が動いてしまいました……」


「婚約者?その方が?」


チェルカは頭を下げたままだがラビニアがチェルカを見たのがわかった。

クロビスがそれに答える。


「はい。僕の婚約者であるチェルカ・ローウェル男爵令嬢です」


「……まぁそうなの」


クロビスが紹介したのにも関わらずラビニアはチェルカに頭を上げてよいと許可を出さない。

王族の許可なしに勝手に頭を上げることも出来ず、チェルカは黙って二人の会話を聞いていた。


「ラビニア様。この荷物を運んだらすぐに貴女の元へと駆け戻ります。なので先に南の庭園へおいでください」


「あらダメよ、クローも一緒でなきゃわたくし寂しいわ」


「だけど……」


「お願い、クロー……」


ラビニアはそう言って箱を持つクロビスの腕にそっと自身の手を添えた。


その瞬間、


『っ……!』


チェルカは思わず顔を上げる。


あの()()を感じたのだ。

しかも間近で。


王女とクロビスはひしと互いに見つめあっていた。


そしてその後すぐにクロビスはチェルカに向き直って持っていた箱を押し付けてきた。


「ごめんねチェルカ。ラビニア様が寂しいと思われるなんて僕には耐えられない。悪いけど荷物は一人で運んで」


「……クロビス……」


箱を受け取りながらチェルカが彼の名を呼ぶと、それまでチェルカなど空気のように扱っていたラビニアが急にチェルカと顔を合わせてきた。


「ごめんなさいねアナタ。クロビスはいつもわたくしを最優先に考えてくれるから……悪く思わないでね?」


ラビニアがそう言った途端にまた強くなるあの“匂い”。

瞬間、いつも衣服の内側に隠しているが肌身離さず身につけているペンダントがチリッと反応した。


「……いえ。とんでもございません。先を急ぎますので御前を失礼してもよろしいでしょうか?」


「っ……アナタ……いいわ下がって。お行きなさい」


「はい。失礼いたします」


ラビニアの許可を得て、チェルカは足早にその場から立ち去った。

ちらりとクロビスの方へと視線を向けると、彼はチェルカを一瞥もせずに一心にラビニアを見つめていた。

うっとりとした恍惚な表情で。


心臓が早鐘を打つ。

チェルカは自分でも信じられないくらいの速度で足早に歩いた。


間違いない。

あれは、あの匂いは、あの魔力は“魅了”だ。


クロビスは今、チェルカの目の前で魅了に掛けられた。


魅了の使い手は王女だったのだ。


しかもラビニアはチェルカにも魅了魔法を掛けようとした。

術式の詠唱も術式陣も必要とせずに。


瞳術(どうじゅつ)だ……!瞳の中に術式陣が展開される、見つめる事により相手の深層心理に入り込み術を掛ける瞳術だ……!』


とうに廃れたはずの(いにしえ)の施術方法がなぜ。

なぜ王女がそんな術を扱えるのか。


『王家の禁書……』


ラビニアは王族しか見ることが許されない王家の禁書にてその方法を知ったのだろうか。


『わからない、何もわからないっ……』


わかる事はただ一つ、チェルカが感知していたあの匂いはやはり魅了の魔力で、しかもその使い手が王女であった事。


そしてクロビスは、いやクロビスだけでなくあのハギムとかいう宮廷画家も他の王女の取り巻きも皆がすでに術中にあるという事だ。


そして王女は服従させようと思ったのだろうか、チェルカにも魅了を仕掛けてきた。

あのドロリとした嫌な匂いが王女の瞳を見た途端に全身を包んだ。


昔、お守りにと貰ったペンダントがなければ、完全に掛かりはしなくてもそれなりの精神干渉を受けていたに違いない。


『どうしよう……あんなの、どう相手にすればいいの?』


しかも術者は王族。


一体どうすれば……チェルカは恐怖を拭いきれないまま、ただ必死に歩き続けた。






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