見目麗しの宮廷画家
「ひゃ~。重くはないけど前が見えない~」
ある日チェルカが研究室の備品を運んでいる時の事だった。
備品を詰めた箱が大きくて、小柄なチェルカが持つと視界が塞がれて歩き難い事この上ない。
持っている荷物を一時的に小さくする術……を今度組み立ててみようかと考えながら備品を運んでいると、前方からクスクスと笑う声が聞こえた。
「ふふふ。荷物が一人でに歩いてきたと思ったら、女性が運んでいたんだね」
「え?」
チェルカは声が聞こえた方へと視線を向ける。するとそこには、ビックリするほど顔の良い美しい青年が立っていた。
服装からして文官でもなければ武官でもない。かといって魔術師でもないし侍従や下男でもない。
王宮に居るどの職種にも当てはまらない洒落た服装をした、その見目麗しい青年がチェルカに近寄って来た。
「一人で荷運びなんて大変だね。ボクも絵筆以外重い物持つ事があまりないけれど、背が高い分キミよりマシなようだ。良かったら変わりに運ぶよ?」
青年の言葉の中に彼の職業のヒントがあった。
「もしかして宮廷画家の方ですか?」
「そうだよ。って、このままじゃ何だか箱と話している気分だ」
「わたしの角度からはあなたのことがちゃんと見えますよ?」
「ふふふ。いいからほら、貸してごらん」
とそう言って青年はチェルカの視界を塞いでいた箱を取り上げた。
視界が開け、より一層よく見えるようになった青年にチェルカは礼を言う。
「ご親切にどうもありがとうございます」
青年はチェルカを見て少し驚いた表情をした。
「キミ、とても綺麗な瞳の色をしているんだね」
「え?そうですか?」
「うん。ただのブルーじゃないよね……瑠璃色と表現した方がいいのかもしれない。絵の具で表現してみたい色合いだよ」
「そんなこと初めて言われましたよ。でもわたしは黒い瞳を持って生まれたかったなぁ」
「それまたどうして?」
「黒い瞳の人間は精霊と相性がいいんです」
「へぇ~知らなかったよ。キミ、魔術師だよね?」
「はい。王宮魔術師チェルカ・ローウェルです」
チェルカはぺこりとお辞儀をして挨拶した。
その瞬間、ふわりとあの匂いがした。
『え……』
どこから?
近頃王宮内の至る所で時折わずかに感じるあの匂いが、今は強く濃厚に感じる。
まさか、と思ってチェルカが青年を見ると、彼はチェルカの挨拶を受けて軽く会釈をして挨拶を返してきた。
「宮廷画家のハギムだ。麗しのラビニア王女殿下専属の絵師だよ」
「やっぱり……」
「ん?何がやっぱりなんだい?」
「……いえ、王女殿下の専属ですか……」
「そうだよ。凄いだろう?ボクが宮廷画家の採用面接を受けている時にたまたまラビニア様がいらしてね。ボクの絵をひと目見て気に入ってくださったんだ。そしてボクを専属にしてくれた。あのように美麗なラビニア様のお姿を描くことが出来るなんて無常の喜びだよ」
「はぁ……」
この人、クロビスと同じような事を言う。
なんだかクロビスの言葉を聞いている気分だとチェルカが思ったその時、涼やかで美しい声が聞こえた。
「ハギー、貴方そんな所で何をしているの?」
「!……ラビニア様!あ、キミ、これ返すよ」
「うぇっ……」
ハギーと呼ばれた宮廷画家ハギムは、自分を呼んだ相手の姿を確認すると嬉しそうに一目散に駆け出した。
持ってあげると言い、手にしていた備品の入った箱をドンとチェルカに返して。
チェルカは戻ってきた箱越しにハギーとやらが駆け寄って行った方を見ると、
その一団だけやたらとキラキラ採光を放ち一線を画していた。
チェルカとて王宮魔術師の端くれ。
遠目からは何度もその御姿を目にしたことはある。
だけどこんなにも至近距離に拝するのは初めてであった。
『あの人が……ラビニア王女……』
そこにはこの国の第二王女、ラビニアが自身の取り巻きを連れて立っていた。
もちろん、その側にはチェルカの婚約者であるクロビスの姿もあった。
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短めでゴメンなさい。