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エピローグ 世界一幸せになりましょう

 早いもので魅了事件から三年の歳月が流れていた。


異母姉(ねぇ)さん!俺の持ち物になんでも名前入りの刺繍をするのやめてくれよ!」


「あらいいじゃない。落し物をしても名前入りだったらすぐに帰ってくるわよ?」


「だからって、靴下や下着にまで名前を入れるのはやめてくれ!子供じゃないんだから!」


「え~わたしにとってはナイジェルはいつまでも可愛くて幼い異母弟(おとうと)という気がするのよね~」


「俺はもう貴族院学院も卒業して、文官として王宮勤めをしているんだっ。いつまでも子供扱いすんなよ!」


「でもせっかく“何にでも刺繍で名前を入れられる術”の術式を構築したのに~」


「それでホントに何でもかんでも名前を入れるのはやめろよ。……まぁハンカチとかジャケットの内側とかならいいけど?異母姉(ねえ)さんがどうしてもやりたいって言うんなら、させてやってもいいけど?」


「わ~ナイジェルのツンツンさんだけどデレて優しいところ、だぁい好き~」


 そう言ってチェルカはナイジェルに抱きついた。


「うわっや、やめろよ!くっつくなよっ!もうすぐ嫁に行く淑女のする事じゃねぇだろっ……!」


「照れてる。ナイジェル可愛い~お異母姉(ねえ)ちゃんがほっぺにキスしてあげる」


「ホントやめろって!俺がロアさんに睨まれんだろっ!」



 三年前に王国魔術師の職を辞して実家であるローウェル男爵家へと戻ったチェルカ。

 父親が投獄され、ナイジェルが襲爵するまで当主代行としてひとり家に残った継母のレイシェルを助けたいと思ったからだ。


 モコモコの術でもわかるようにチェルカは自身で独自の魔術を生み出すのが昔から得意であった。

 それを活かして自宅でも出来る仕事として術式師となったのだ。


 その職を選択した理由はもちろんレイシェルの手助けをするためであったが、一年前にプロポーズを受けて婚約者となったロアの母親の影響もあるだろう。

 ロアの母親、ララ・ガードナーは数々の術式を生み出した、有名な術式師なのだ。


 そう。チェルカは三年前の港町でロアに想いを告げられ保留にして貰ったプロポーズを、一年前に「よろしくお願いします。わたしをロアのお嫁さんにしてください」と返事をして受けた。


 二年間ロアの優しさに包まれながら、じっくりゆっくり自分の気持ちと向き合った。

 その中で次第にクロビスとの事により傷付いた心が癒えてゆくのを感じ、幸せになるために新たな一歩を踏み出そうと思えるようになったのだ。


 そしていつの間にかチェルカの中でいっぱいに膨らんでいたロアへの恋心に背中を押されて、彼のプロポーズを受けたのだった。


 自分でも二年ほどでこの結論が出たのはちょっと驚きだけど、元々ロアは初恋の人で大好きな人なのだ。

 だから決してチョロカと改名しなくてもいいはずだ……とチェルカはそう思っていた。


 プロポーズの返事をしたあの日の、ロアの喜びようは凄まじかった。

 その日は朝から雨が降っていたのだが、ロアの歓喜する心がダイレクトに魔力と結び付き、それが精霊たちにも波状して一瞬で雨雲が消え快晴となったのだ。


 ダイ先生がそれを見て、

「ボクは逆をやった事があるよ☆」

 と言っていたが、なんだか恐ろしい内容のような気がして掘り下げて話を聞くのはやめておいた。


 そうしてプロポーズを受けた日から一年間、結婚に向けて様々な準備をしてきたのだ。


 その中でチェルカの周りでも知らない所でも実に様々な事が起きた。


 まずはマリナ・ハモンド。

 彼女は新国王アルマール陛下の即位に伴う恩赦にて労役が終了した。

 だけど王国魔術師団はすでに懲戒免職となっていたために、王宮の研究室には戻らず今は別の仕事に就いている。

 ロアの紹介でハイラム王国の王宮魔術師団の研究機関で魔法の研究に携わっているのだ。

 結婚後はチェルカもハイラムに住む事になっているので、そこで再会を……というか、結婚式に招待しているのでそこで久しぶりにマリナに会える事になっている。


「早くマリナに会いたいな」


 彼女が悪魔に憑依されていた事はロアから説明されていたので、チェルカはマリナに対して何の蟠りも感じていない。

 それどころがクロビスの婚約者である自分のせいでマリナが王女に目をつけられたのでそれが申し訳ないと思っている。

 なんにせよチェルカは友人とまた会えることが純粋に嬉しかった。

 そして久しぶりに彼女のココアを飲める日がくるのも楽しみだ。

 ロアもマリナ直伝のとびきり美味しいココアを作ってくれるけど、やっぱりマリナのココアはマリナのココア。

 彼女に作ってもらうのが一番美味しい……というのはロアには内緒だ。



 マリナに恩赦をもたらした新国王の即位。

 王太子アルマールは優秀な側近や官吏たちと共に父王に王女の禁忌魔法使用の責を追求した。

 そして退位の後は生涯幽閉という処分に追い込み、王太子として跡を継いで即位したのだ。

 若干十九歳の若き新国王の誕生であった。

 若くとも思慮深く下の者の意見を分け隔てなく耳を傾ける事の出来るアルマールならきっと、良い方向に国を導いてゆくだろう。

と、ロアが言っていた。


 デイビスや王女の取り巻きだった青年たち、そしてメイドたちはなんとか無事に解呪を終えて、元の精神に戻った。

 皆一様にやつれた姿を見ると、解呪作業でどれほどの苦痛を味わったのかが如実にわかる。

 皆それぞれ王宮での仕事を失い、今は再就職先を探すのに苦労しているという。

 ちなみにデイビスは不眠症になるという後遺症が出てしまった。

 現在治療中であるというが、改善が見られない場合は健康面を憂慮して次期アラバスタ伯爵は末の弟が襲爵する可能性もあるという。

 魅了中はチェルカに嫌味を言ったデイビスだが、元は優しい気質の性格だった。

 その彼の一日も早い回復をチェルカは密かに願っている。

 どうなるかは、神のみぞ知る……というものなのだろうが。


 それからチェルカの元婚約者であるクロビス・アラバスタ。

 彼は誰よりも魅了の解呪に時間が掛かったらしい。


 解呪作業で徐々に自我を取り戻す中で、己が犯した失態により大好きだった婚約者を失った事実に、彼は耐えられなかった。

 そして自ら無意識に魅了の魔力の中に逃げ込み、現実逃避をしたのだ。

 魅了の中では、美しい王女に愛されながらも可愛い婚約者を持つという幸せな自分でいられるからだ。


 だが夢はいつかは覚めるもの。

 解呪作業が進むにつれ否が応でも現実と向き合わされる。

 チェルカを傷付け、チェルカを失った悲しみに彼は一時廃人のように毎日無気力に泣いて過ごしたそうだが、少しずつ泣かない日が増えてきているという。


 クロビスが元通りになれる日はまだまだ先のようだが、生きている限りきっといつかは泣き止んで歩き出せると、チェルカはそう信じる事しか出来ない。


 チェルカがクロビスにしてあげられる事はもう、何もないのだから。

 中途半端な優しさほど残酷なものはない。

 袂を分かったのであれば、遠くで見守ることは出来ても近くで掛けられる言葉はないのだ。


 チェルカは心の中だけで、クロビスにこの言葉をかけ続けた。


 クロビス。

 しっかり、しっかり生きなさい。


 数ヶ月後でも数年後でもいい。

 彼も元気にやっていると風の便りで聞けるのを心待ちにして。




 ◇◇◇



 そして、全ての諸悪の根源である第二王女ラビニア。


 彼女は三ヶ月前に、暗く冷たい独房の中で一人寂しく息を引き取った。


 悪魔と知らずに契約した“ラビィちゃん”に自らの血肉を与え続け、まだ大陸裁判の最中(さなか)であったが命を落としたのである。


 最期は、あの美しかった容姿が見る影もなくやせ衰えていたという。

 しかしそれでもラビニアは、なぜ王女である自分がこんな目に遭わねばならないのかとずっと不満を口にしていたそうだ。


 自分は選ばれた人間なのだ。

 自分よりも劣る人間をどう扱おうと勝手ではないか。それは王族なのだから当然の権利である、と骨と皮だけの姿になっても言い続けていたらしい。


 ロアは思った。

 悪魔と契約した時点で、ラビニアは最初の対価を支払っていたのだと。

 自分の魂。人の心という魂をラビニアは悪魔に渡していた。

 そうでなければいくら我儘三昧に育てられたとしても、これほどまでに良心を持ち合わせない人間にはならないはずだ。

 もっとも元々持ち合わせた性格もすでに性悪そのものであったのだろうが、乳母を簡単に差し出せる時点でもはや人の心を失っていたと考えられる。


 そうしてロアの報告を受け、イグリードは自身が所有し管理するデータから、

とある一柱の悪魔の名前を消去した。


 その作業を行いながらイグリードは弟子に言う。


「ロアの事だから王女が死んだ後に悪魔を何とかするんだろうと思ってたけど……まさか殺すとはね。まったく、無茶するなぁ……☆」


「人の血肉や、ましてや魂の味を知った悪魔を野放しには出来ませんよ。俺が手を下さなければ師匠が片付けてた、そうでしょう?」


「まあねー☆あぁ怖い怖い!裏ロアから“悪魔殺し”の異名までプラスされちゃったよ☆」


「チェルカには絶対に内緒ですからね」


「わかってるよ~☆」


 いつもの調子でそんな軽口を叩き合う師弟だが今頃、

 “悪魔殺し”の存在は、殺された悪魔(ラビィちゃん)の棲む異界に名を轟かせているはずだ。


 そんな昏く恐ろしい一面を持つロアだが、

 明日は間違いなく世界一幸せな花婿となるだろう。


 イグリードは逞しく成長した一番弟子を温かな眼差しで見つめていた。




 そうして迎えたチェルカとロアの結婚式当日はまるで魔法が掛けられていると感じるほどの快晴であった。


「チェルカさん……まぁ馬子にも衣装とはこの事をいうのね!……ふん、とっても綺麗で素敵だわ」


 継母のレイシェルが花嫁の支度部屋でウェディングドレス姿のチェルカを見てそう言った。

 チェルカは屈託のない笑みをレイシェルに向ける。


「ふふふ。ツンツンデレで褒めてもらっちゃった。今まで本当に、ありがとう……お母さん」


チェルカが初めてレイシェルを「お継母(かあ)さま」ではなく「お母さん」と呼んだことに、レイシェルは目を丸くして狼狽えた。


「っ……!な、な、なんですかっいきなり!私を泣かせてお化粧を崩させたいのっ?うぐっ…ぐすっ……ホントにあなたって子はっ……ひっく、し、幸せになりなさい!それもうんと!うんと幸せにならなければ許しませんからね!」


レイシェルは途中から堪えきれずに涙を流す。

チェルカはナイジェルが初給料で買ってくれたお気に入りのハンカチを渡しながら返事をした。


「はい、かならず。ハイラムにも遊びに来てね、お母さん」


「またお母さんって言って私を泣かせる……!まったく困った子だこと……!」


「ふふふ」


 その時、ノックの音が聞こえ、異母弟(おとうと)のナイジェルが部屋に入ってきた。

 そしてウェディングドレス姿のチェルカを見て感嘆の声をあげる。


「支度出来た?……って、わぁ……綺麗だ……異母姉(ねえ)さん……ふん!まぁ孫にも衣装とはこの事をいうんだろうね……この国で一番綺麗な花嫁なんじゃないのっ?」


「ぷ、ふふ。お母さんと同じ事言って。さすがはツンツンデレ親子ね」


 そう言って笑うチェルカの側でレイシェルが息子に言う。


「なんですかナイジェル!花嫁の支度部屋に来るなんて礼儀知らずですよ!」


 母に叱られてナイジェルは肩を竦める。


「だって仕方ないだろ。せっかくロアさんが使用人を数名雇い入れてくれたのに一人だけでいいって他を断ったんだから。そのおかげで人手不足なんだよ」


「必要以上に娘婿に甘え過ぎてはいけません。元々我が家で働いてくれている下男とあともう一人、それだけで充分です。それなら貴方のお給金で雇えますからね」


「ちぇっ……生真面目なんだから……でもまぁ確かにそうだね。俺は父さんみたいな人間には絶対にならないよ。お金よりも大切なものは沢山ある。それをちゃんと大切に出来る人間になるんだ」


「ナイジェルぅ……立派だわっ……いつのまにこんな立派な青年に?つい昨日までこんな小さな少年だったのにっ……」


チェルカは親指と人差し指を広げて10センチほどの大きさを指し示した。


「そんな小さい人間いるか!それに昨日までって!……ああもう!俺はここに軽口を言いに来たんじゃないんだ。教会まで乗って行く馬車が到着したと告げに来たんだよ!」


「それを早く言いなさい!まったくもう」


「えっ、えーー……俺が悪いの?」


レイシェルに叱られて、ナイジェルはこの世の理不尽さを知るのである。


「ふふふ」


ころころと笑うチェルカの手を、レイシェルが優しく取った。


「さぁ。では参りますよ」


「はい」


チェルカはレイシェルに手を引かれ、ゆっくりと屋敷の中を歩いて出て行く。


こんな楽しい気持ちで。

そして温かな気持ちでこの家から嫁ぐことが出来るなんて夢にも思わなかった。


チェルカは振り返り、ローウェル男爵家の屋敷に軽く会釈をした。




そして教会に到着すると、聖堂の扉の前で大賢者バルク・イグリードが立っていた。

チェルカが声を掛ける。


「ダイ先生」


「わぁ☆綺麗だねチェル!ぷぷ☆ロアより先にチェルの花嫁姿をみちゃった♡一緒にバージンロードを歩く父親役としての特権だよね☆」


「まぁダイ先生ったら」


「じゃあ行こうか。扉の向こうで今か今かと待ちわびている男の元へ」


「ふふ。はい。ダイ先生」


チェルカはダイ先生の腕に手を添えた。


そして聖堂の扉が開かれる。


長く敷き詰められたカーペットの先、祭壇の前に立つのは、


「チェルカ」


「ロア」


この世界で一番、大好きな人。


チェルカは一歩一歩、ゆっくり歩いて彼に近付いて行く。


参列席には沢山の大切な人たちの顔があった。


ローウェルの家族。


ロアの両親と妹弟。


出世して魔術師団長となったジスタス。


ハイラムの街の人たち。


そして友人のマリナ。


皆が今日という日を、チェルカとロアの門出を祝うために集まってくれたのだ。


その皆の優しく温かい眼差しに見守られながらチェルカはロアの元へと歩いて行く。


そしてダイ先生の手からロアへ、

チェルカの手が引き渡された。


「ロア、チェルを幸せにしてね。そしてボクも幸せにしてね☆」


「……はい」


ロアの大きな手がしっかりとチェルカの手を握る。


ロアは眩しそうにチェルカを見つめ、言った。


「チェルカ……世界一綺麗だ」


「ロアも世界一番素敵よ」


「世界一、幸せになろうな」


「うん。わたしたち二人で、みんなと世界一幸せになりましょう」


チェルカとロアはそう言い合って、やがてゆくっりと祭壇の方へと向き直る。



これから二人は、皆の前で永遠の愛を誓うのだ。


そしてその誓いは決して違えられる事はないだろう。




晩年のロアの家に、赤い髪の少年が訪れる。


アルトと名乗るロアの孫とも言える年齢の弟弟子を、

ロアとチェルカは温かく迎え入れるのはまだまだ先の話である。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆終わり








────────────────────



補足です。


ナイジェルがローウェル男爵を襲爵後、チェルカの父は貴族籍を抜かれました。

二十年の懲役を経て出所後は、ナイジェルの世話になりながら細々と寂しく暮らしたそうな。

そしてラビニアの父である前国王も幽閉先で細々と暮らしたとな。


父親~ズ、しっかりしろ!





これにて完結です。


以前、大東さんの最初の弟子はどんな人?

師匠とアルトの影に隠れた一番弟子さんのお話はありますか?

と様々ご意見を頂いた事があり、いずれ大東の一番弟子さんにもスポットライトを当ててあげなきゃな~と思っておりました。


なのでこのお話はロアくんのために考えたお話なのでした。


主人公ではなく、追い詰められたヒロインを颯爽と救い出すヒーローとして。


大東一門であればどんな不利な状況でもマルっとひっくり返すので思う存分、ヒールを最高に最悪に描くことが出来るので書いていて楽しかったです。


でもまさか読者様方がこんなにも「ナマハゲ」を気にされるとは思いませんでした☆


怒り爆発で登場するのは決めていたので「ナマハゲ」というタグをつけましたが、このナマハゲが様々な憶測を呼ぶとは……!


作者自身、非常に楽しませて頂きました。

ありがとうございました!


さて次回作ですね。

ちと並行で進めているお仕事がございまして、一回の文字数が少なめのゆっくり更新になると思いますが、気分転換に違う性格のヒロイン(進めている書籍化作品のヒロインとは)を描きたくなってしまうので投稿したいと思います。


タイトルは


『夫はどうやら、赴任先でよろしくやっているようです。よろしくってなんですか?』


です。

新婚早々出征してなかなか帰らない夫を待つ新妻のお話です。


モヤモヤするようなしないような。

軽くサラサラ~と読めるお茶漬けのようなお話になると思いますので、どうかよろしくお願いいたします。


投稿は明後日の木曜日の夜から。


よろちくび~(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)ペコリ♡...*゜



























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