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無知の代償

魔導書のある1ページを開き、ロアはラビニアに見せた。


「お前がさら~っと眺めて理解したつもりになって真似をした術のページはここだな?」


ラビニアはそのページを眺め、

「まぁ!よくわかったわね」と言って頷いた。


ジスタスはそのページを傍から見て小さく息を呑む。


「……これは……」


戦慄するジスタスにロアは静かに頷いた。

二人のその様子を見て、国王は苛立たしげに声を荒らげる。


「それが一体なんだというのだっ!」


ジスタスは国王の前に膝をつき、臣下の礼を執りながら進言した。


「難しい部分を端折って、そしてまずは肝心な事からお伝えいたします。このページに書かれているのは()()()()()()()との契約により、自身では到底扱えない術を使用出来るようになる方法が記されているのです」


「してその術とはなんだっ!?」


「チャーム……魅了にございます」


「なんだとっ!?魅了魔法はどの国にも共通して禁忌とされる禁術ではないかっ!それを用いれば大陸裁判で極刑に処されっ……なに?……」


そこまで言い、国王はハッとする。

大賢者の弟子は先程、王女は大陸憲法に定められる重罪を犯し大陸裁判にかけられると言っていたのでは?それはもしや……と国王は隣でキョトンとしてどこか他人事のように皆のやり取りを聞いている娘を見た。


「そうです。王女殿下はこの王家の禁書から得た知識にて魅了魔法を使用されたのです。そして畏れながら陛下、御身(おんみ)も既に魅了の術中に嵌っているのでございます」


「っ嘘だ……嘘を申すでないっ……娘が、愛らしいラビニアがそのような恐ろしい事をするはずがないっ……第一この子は低魔力保持者だぞ?禁術のような高度な魔術を扱えるものかっ!」


それに答えたのはジスタスではなく王太子アルマールであった。


異母(あね)上には無理でも、それを扱える者と契約をすれば簡単に用いることができるのですよ、父上」


「なんだと……?」


アルマールは今度はラビニアに視線を移し、そして彼女に訊ねた。


異母(あね)上、貴女はこの禁書を読んで、ある生き物を召喚しましたね?」


「ええしたわ。それがなに?」


「どのような方法で?」


「えっと……本に書かれている呪文を口にしたの。だって王家の血が流れる者なら誰でも呼び出せるって書いてあったもの」


ラビニアがそこまで答えると、ロアがそれについて補足した。


「魔導書が王家所有の禁書となっていた事からも、()()は過去に存在した魔力の高い王家の者と既に契約を交わしていたんだろうな。だから同じ血脈を持つ者なら召喚くらいは出来たんだ。……問題はその後だ。醜女(王女)召喚(呼び出)した奴と契約をしたな?」


「ええ。ほんの少しだけ血が必要と書いてあったから針でつついて血を出したの。とっても痛かったわ……」


「(それはどうでもいい)そして?」


「そして?えっと……そうしたらラビィが出て来たから‘’みんながわたくしのどんなお願いでも聞いてくれるようにして”と命じたの」


「ラビィ?」


「可愛い名前でしょう?わたくしが幼い頃に持っていたウサギのぬいぐるみにそっくりだったからラビィと名付けたのよ」


「……奴は契約者の好む容姿を形取って出現()てくるからな」


ロアが半ば呆れたような口調で言った。

アルマールが父王に向き直り、告げる。


「……父上、お解りになられましたか?そうして用いるようになったのが魅了魔法です。異母姉(あね)上は高位生命体と魅了を使えるように契約をし、そして父上や王宮の皆を洗脳したのです」


「そ、そんなっバカなっ……違う。何かの間違いだ。無垢なラビニアにそのような真似が出来るはずがない」


「無垢?無知の間違いだろう。その代償が……高くついたな」


ロアが吐き捨てるように国王に言う。


「違う違う、ラビニアは……娘はっ……」


国王は尚も信じようとはせず、首を振り続けた。


「父上……」


「王太子殿下……可愛い娘であり、尚且つ魅了に支配されている陛下に何を言っても無駄かと思われます……」


ジスタスがアルマールに告げると、彼は目を閉じてそしてゆっくりと頷いた。


「まぁここまで話したらもういいでしょう。国王の進退問題は後でそちらにお任せするとして、少し邪魔なので昼寝でもしてて貰います」


ロアはそう言って指をパチンと鳴らした。

その途端に国王の体が執務室にある応接ソファーに移動し、国王はそのまま眠ってしまった。

正確に言うと強制的にロアに眠らされたのだが。


「さて、邪魔者は大人しくしててもらうとして……」


「一国の王を邪魔者って……」


ジスタスのその言葉にロアは口の端を上げて笑みを見せてから王女に確認するように質問した。


醜女(王女)よ、正直に答えろ。お前が呼び出したその“ラビィちゃん”は何を要求した?願いを叶えさせるために対価を支払ったはずだ。ここに居る皆に教えてやってくれ。一体()を渡したんだ?」


「え?ラビィちゃんはお肉が好きだと言うからそれを渡したわ。魔法生物なんだもの、お肉を食べたがるのは当然なのかもね?」


「それで、何を食わせたんだ?お前の事だ、自分の身を犠牲にはしないだろう?」


「もちろんよ。わたくしは王女よ?この身に傷一つついてはならないわ。だからわたくしの乳母を差し出したの」


「っ……!」

「………っ!?」


執務室に居た者、ロア以外の全員が王女の言に息を呑む。

ロアは尚も王女から話を聞き出した。


「……乳母だけじゃないだろ?これだけの期間、何度も術が使えるようにさせていた事をみると、犠牲にしたのは一人や二人じゃねぇよな?」


「まぁなぜそんな事までわかるの?ええ……もちろんよ。時々ラビィちゃんがお腹が空いたと言うからメイドや下男のお肉をあげていたわ。犠牲だなんて言葉が悪いわ。だって死ぬ訳じゃないものね?体の一部分をあげるだけだもの。それにみんな自分のお肉がラビィちゃんに食べられた事に気付かないのよ?でもなんだか体調が悪いからと仕事を辞めていくけれど、メイドや下男なんて掃いて捨てるほどいるから困らなかったわ」


「……その後で体調が戻らず何名か死んでいることは知らないのか?」


「あらそうなの?まぁかわいそう、運がなかったのね」


「……コイツ……」


ロアの言葉に飄々と悪びれもなく答えるラビニアを見て、騎士や側近たちに戦慄が走る。

愛らしく天使だと思っていた王女の本当の姿を垣間見て、皆は薄ら寒い恐怖を感じていた。

彼女はあまりにも無知であった。

学術に関する事ではない。

良心や常識というものをあまりにも知らなさすぎるのだ。


ラビニアは静まり返った執務室で一人、不貞腐れたもの言いで話続ける


「ラビィちゃんを呼び出して魔法を使った事がそんなにダメな事だとは知らなかったわ。それで?もう魔法を使わなければいいのでしょう?それにラビィちゃんも帰らせればいいのよね?そうすればこのお話はもう終わりよね」


「そんなもので罪がチャラになるわけないやろこのボケカスが……」


ロアの低く、唸るような声がラビニアの耳に届く。


「え?な、なによっ……」


「お前は大罪を犯した。もう使わなければいい、契約を切れば無罪放免?そんなわけないやろ」


「え?じゃあどうするの?」


「お前はこれから大陸法に則り裁かれる。だが、きっとその日が訪れることはないやろな」


ロアのその言葉を勘違いしたラビニアが喜色満面の笑みを浮かべる。


「そうよね!わたくしは王女だもの。王族は何をしても許されるのよ。それに、王家が所有している魔導書を使う事の何がいけないの?家の本棚にあるレシピ本から料理を作るのと同じだわ」


「同じなわけあるかこのスットコドッコイがっ!」


「ヒッ!?」


ラビニアの常識を逸脱した考え方にロアはぶちギレた。


「俺はお前が罪に問われんから裁判を受ける日が()ぇへん言うたとちゃうぞ!それまでお前が生きとらへん言う(ちゅー)とんじゃドアホがっ!」


「怖いっ……なんて横暴な人なのっ」


ラビニアはロアの怒りに身を竦める。

アルマールが眉根を寄せてロアに訊ねた。


「それはどういう事ですか?」


王女(コイツ)が契約したのは魔法生物ではない」


「魔法生物ではない?で、では一体なんなのです?高度な術が使えるような生命体なんて……」


「魔法生物は魔力を有する動物の事を指し、彼らは我々とは別のフェーズに住んでいます。だけどそれとは違う異界に棲む者もいる……」


「それは……?」


「我々は()()()()()を“悪魔”と呼んでいる。それでわかりますね」


「悪魔っ……!?」


「ヒュッ」と誰かが悲鳴を呑み込む声がした。

ロアはオドオドと身を竦めたままでいるラビニアを一瞥して魔導書に描かれている()()の絵を指さし、言った。


「そしてこの禁書に書かれた悪魔、コイツと結んだ契約は二度と解除できない。契約者が死ぬまで、いや死んだ後も契約は消えずに在り続ける。だから過去の王族が召喚した悪魔を、血を引き継ぐ醜女(王女)が使う事ができたんですよ」


「「そうかっ……それで……!」」


アルマールとジスタスの声が同時に重なった。


「悪魔は契約者が死ぬまで契約を続ける対価を要求してくる。術を使わなくなったとしてもだ。今までは他の人間を差し出して事なきを得ていたが、身柄を拘束され牢の中では当然それは出来ない。では何で払い続ける?」


「王女自身の身体で……」


「そういう事だ。どのくらいの頻度で悪魔が要求してくるのかまでは調べていないが、王宮を辞めて行ったメイドや下男の数を見ると結構な大食漢とみた。その都度、悪魔に身体の部位を差し出していけば……どうなるかは想像に容易いですね?」


「だから正式な手続きと、きちんとした裏付けを以て行われる大陸裁判まで保たないと……」


アルマールのその言葉にロアは頷いた。


皆の深刻なその様子に、さすがのラビニアも(ただ)ならぬものを感じ取ったようだ。

わかりやすいほどに狼狽えてラビニアは異母弟に縋る。


「ねえっ……どういうことなの?今の話は嘘よね?死ぬまで契約は解除出来ないって……お肉を払い続けなくてはならないって……そ、そのお肉は誰かが提供してくれるのよね?」


「…………」


アルマールは何も答えない。答えられる訳がない。

異母姉を救えるとは思っていないのだから。

ただ黙り込むアルマールの代わりにロアがラビニアに告げる。


「愚かな王女よ。きちんとした知識を得ず無知なままで無謀な術に手を出した代償は自分で払うのだ。人の心を弄び、道具のように扱った。そして今までお前の代わりに無理やり身体を差し出させられていた者たちの分まで、次々と奪われ蝕まれゆく恐怖に怯えながら最期の時を迎えろ。お前に出来る贖罪はそれだけだ」


本当ならばその悪魔を殺せば契約は消え、王女は助かる。

ロアにはその悪魔を仕留めるだけの力がある。

しかし当然、ロアはそれをするつもりはない。

それでは王女のせいで命を落とした者や、王女のせいで今後一生、不自由な身体のままで生きてゆかねばならぬ者たちが救われないからだ。


アルマールは被害者たちと、その遺された家族への救済と保証を生涯続けると明言した。


「いやぁっ!いやよっ!どうしてわたくしがそんなっ……!そんな目に遭わなければならないのっ!?いやよ!死にたくない!誰か!誰が助けて!」


ラビニアはそう叫びながら形振り構わず瞳術を用いてこの場にいる者を従わせようとした。が、


「あら……?な、なぜ?なぜ術が使えないのっ……!?」


「アホか。そんな危ないもん、さっさと封じとるに決まっとるやろ。最初にお前に目潰しをしようとしたその時、お前の目に封印術を掛けたんじゃ。残念やったなぁ?」


「うっ酷いっ……!酷いぃっ……!お父様、アルマール!誰でもいいっわたくしを助けなさいっ!」


ラビニアは泣き叫びながらそう言った。

しかし今までの話を聞いて、誰も王女を助けようとは思わない。

侮蔑と恐怖に満ちた眼差しをただ泣き喚く王女に向けるだけであった。


そうしてラビニアは王太子の指示にて身柄を騎士たちに拘束され、大陸裁判所の牢獄に移送されるまで入る王宮内の牢屋に連れて行かれた。


ラビニアがあとどのくらい生きられるのか、それは対価を要求する悪魔次第である。


ロアはアルマールにラビニアが読んだ禁書とされていた魔導書を燃やす事を提言した。


じつは読書家であるロアにとって焚書は耐え難いことではあるが、今後また王家の者があの悪魔を呼び出さないとは限らないからだ。


あの魔導書自体にも悪魔を召喚しやすいように魔力が込められている限り、封印するよりもいっそ魔術による焔で燃やしてしまう方がいい。




それからロアは、王宮内で眠っている者達を目覚めさせた。

ラビニアに洗脳され少なからずも悪事に手を染めていた者たちはその身柄を拘束し、ジスタスたち魔術師に引き渡した。


これから魔術師たちには手間を掛けるが、一般的な方法での解呪をして貰うことになっている。

まぁこれも給料分の仕事だと割り切って貰う他ない。



そしてロアはもう一人、顔を見てから処遇を決めたいと思っていた者に会いに行った。


騎士団に拘留されている、


チェルカの同僚であり友人のマリナ・ハモンドの所へと。




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