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苦労人のチェルカ

「キミがチェルカ?」


「はい。ローウェル男爵ゲスタンの娘、チェルカです」


「ぼくの未来のお嫁さんだ。ぼくはアラバスタ伯爵家の次男、クロビスだよ」


「クロビス様……」


「うんよろしくねチェルカ」


「でも……いいのかな?わたしは“庶子”ですよ?お父様には黙っておけと言われたけれど、それはやっぱりいけないことだと思うので」


「ショシ?」


「本妻の子どもではないということです」


「キミはむずかしい言葉を知ってるんだね」


「勉強が好きなんです。とくに魔術の勉強が」


「僕は魔力がないから剣を学んでる」


「おぉ~」


「うん気に入った。ショシでもなんでもいいよ。僕とキミは今日から婚約者同士になったんだ。これから仲よくしようね」


「はいクロビス様」



チェルカとクロビス、二人の婚約が結ばれたのはクロビスが十四歳、チェルカが十五歳の時だった。


チェルカの母親はかつてローウェル男爵家のメイドをしており、その時にまだ独身で家督を継ぐ前の父のお手付きとなったのだった。


だがやがてチェルカの父であるゲスタンが爵位を継ぐと同時に婚約者だった貴族令嬢と婚儀を挙げることになり、婚前に女性関係を精算するという意味合いで母は男爵家を追い出された。

要は父に捨てられたのだ。

その時母のお腹にはすでにチェルカが宿っていたというのに。


母と娘、なんとか生活をしていけるだけの金は出すが認知はしない。

今後一切ローウェル男爵家と関わることを禁ずる。

そう言い放って、母は子供を産むなら国外へ行くようにと命じられた。

名は体を表すとはいうが、なかなかどうしてゲスタン・ローウェルは本当にゲスな男であった。


そうしてチェルカの母は移民を受け入れる国へ移り住み、そこでチェルカを産んで育てた。

だけどチェルカは父がいなくて寂しいと思ったことは一度もない。

近所の人は良い人ばかりだったし、母は父の悪口は言わないが置かれた環境を思うとそんな父親なら居ない方が良いと子供ながらに思っていたからだ。

そうしてチェルカは母ひとり子ひとり、慎ましくも幸せに暮らしていたのだった。


チェルカは先祖返りの一種らしく、高い魔力を持って生まれてきた。


平民でも魔力があり、魔術を学べばそれはそれは良い仕事に就けるのだ。

母はチェルカの将来のために魔術専門の街の私塾に通わせてくれた。

そこでの学びは本当に楽しく、飄々とした愉快な先生や一緒に塾で学ぶ仲間たちと切磋琢磨しながら魔術や魔法を学んでいたのだった。


が、チェルカがもうすぐ十四歳になろうかという時に転機が訪れる。

大好きだった母が流行り病であっけなくこの世を去った。

そして母の死とチェルカが高魔力保持者だと知った実の父親であるゲスタンが、いきなりチェルカを引き取りたいと申し出てきたのだ。


今までこの世にいないものとして放置していた娘のチェルカをいきなり認知し、ローウェル男爵家の娘として招き入れたいと言ってきたのだ。

母を失いまだ未成年のチェルカを、塾の先生が後見人になり成人まで一緒に暮らそうか……とまで言ってくれていたのだが、実の父親が引き取ると申し出てきたことによりそれはなくなった。


相手は正真正銘血の繋がった父親。

これには誰も異を唱えることは出来ず、チェルカは母と移民として暮らしていた国を出て、父親の国へと渡ったのであった。


だけどチェルカにとって実父といえどほとんと他人も同然。

継母と異母弟の居るローウェル男爵家は完全アウェイの居心地悪い暮らしであった。

そして男爵家で暮らし始めてすぐに、なぜ父親がチェルカを引き取ると言い出したのかその理由がわかった。


武門の家柄であるアラバスタ伯爵家がまだ婚約者が定まっていない次男に、魔力のある貴族令嬢を添わせたいと婚約者探しをしているとの情報を、父が聞きつけたからだ。


チェルカは本妻の娘ではないが認知さえすればローウェル男爵家の娘。

そして魔力を有し、次男クロビスとの年齢の釣り合いもとれる。

まぁ要するにチェルカは父の世渡りの道具とするために引き取られただけなのであった。


そうしてチェルカはクロビスと引き会わされ、本人同士の顔合わせもでも問題なしされ婚約が結ばれた。


以降それから六年。

二人は仲良く良好な関係を続けてきたのだ。

なんでも話せて互いの夢を応援しあえる、そんな気の置けない関係。


チェルカは魔術師に。クロビスは王国の正騎士に。


そしてその夢がそれぞれ実現し、王宮魔術師と王宮騎士となることができた。


クロビスは栄誉ある王宮魔術師になれたチェルカの意を汲んで、結婚は三年後にと両親に願い出てくれた。

それまではこれまでと変わらず婚約者同士仲良く付き合ってゆき、互いに職務を頑張ろうと二人で決めた矢先、クロビスが栄えある近衛騎士となり第二王女ラビニアの専属護衛騎士に任ぜられる。


誉高いことだ。

さすがクロビス。わたしも負けないように魔術師として頑張ろう。と、そうチェルカは思っていたのに。


だけどクロビスはあっという間に王女に夢中になり、チェルカとの関係をおざなりに扱うようになってしまった。


何度クロビスとの時間を取り、ちゃんと向き合おうとしても「ラビニア様が」とばかり言ってドタキャンや約束を簡単に反故にする。

それは以前のクロビスには考えられないことであった。


「どうしたの?クロビス……わたしたち、あんなにお互いを大切にし合えていたのに……」


チェルカにとっては十五歳で出会ったクロビスが初恋の人という訳ではないが、縁あって婚約者となり将来は夫婦となるのだとそう思ってきた。

だからその関係を誰よりも大切にしていたのだ。

そしてそれはクロビスも同じだと、そう感じていたのに……。


別人になったかのように急に変わってしまったクロビスの言動。

王宮勤めのチェルカが毎日目にする、王女に夢中になっているクロビスの姿。


寂しくて悲しくて。

ちくちく痛む胸を抱え、それでもチェルカは王宮魔術師の職にしがみつき、懸命に働くしかなかった。


だって毎月男爵家()に金を仕送りをしろと言われているから。

引き取ってやった恩を返せと言われているから。


「まぁあまり裕福ではないのに、勉強のために高価な魔導書を沢山揃えて貰ったのは確かだからね~。その分を返すまでは仕送りも致し方なしね」


お金のせいで継母や異母弟との仲が最悪になってしまったこともあるため、チェルカは今後の憂いを断つためにそれを返金する意味でも送金しているのであった。


いつも飄々としているチェルカだが、じつはなかなかの苦労人なのであった。




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