雷帝グロスキエフと氷帝イルバトス
雷帝閣下と氷帝閣下は昼過ぎに訪れた。
雷帝グロスキエフ様は金色をした巨大な竜の姿である。金色の体に、翡翠色の瞳。
全身から棘のような凶悪なギザギザがはえていて、遠目に見えるその姿は、一見して痛そうで、ジゼルハイド様のように背中に乗れそうになかった。
けれどお城の屋上に降り立つと、ギザギザ一本一本はとても大きくて巨大な柱のようだったので、体に刺さることはなさそうだったし、背中に乗ることは可能かもしれない。
時を同じくして、氷帝イルバトス様も空から来訪された。
イルバトス様は完全な竜体というわけではなくて、人間体の背中に器用に翼だけをはやしている。
白に近い銀色の翼は美しく、ジゼルハイド様よりも小柄だけれど私よりはずっと大きい体を、体にピッタリとした白い服で身を包んでいる。
それは王国の貴族たちが着る服にどちらかと言えば似ている。
ジゼルハイド様たちが着ているゆったりとした脱ぎ着がしやすい服とは違う。
短めの髪もまた銀色で、全体的に色のない白い方という印象だ。冷たい光を湛えた瞳だけは金色だった。
「久しいな、炎帝。人の嫁とは、うまくいっているか」
竜の姿のままのグロスキエフ様が、深く落ち着いた声音で言った。
竜体の方の年齢はその見た目だけでは判別しづらいのだけれど、もしかしたらジゼルハイド様よりもずっと年上なのかもしれない。
そんな声だ。
「一日目にして、恐ろしいと泣かれ逃げられると予想していたのですけどね。親殺しの嫁など、竜人でさえなりたがらないのに」
イルバトス様が小馬鹿にしたようにそう言って、口元に薄い笑みを浮かべた。
何なの、この方。
すごく失礼だわ。
挨拶としてもあんまりだし、ジゼルハイド様のことを、親殺しと呼ぶなんて、あんまりにもあんまりがすぎる。
「はじめまして、グロスキエフ様。アンネリアと申します」
ジゼルハイド様の隣でお二人の来訪をお迎えしていた私は、グロスキエフ様にはきちんと挨拶をしたけれど、イルバトス様には声をかけなかった。
そそくさとジゼルハイド様の背中に隠れた。
こっそりと威嚇するコアリクイのポーズをとってみる。
ジゼルハイド様が小さな声で「それはコアリクイの方だな、アンネ」と言った。
私は頷きながら、ジゼルハイド様の背中にくっついた。
オコジョよりコアリクイの方が危険度が低いので、せめてもの譲歩なのよ。
「私に挨拶はないのですか。失礼な娘ですね」
「失礼なのは氷帝様の方です。私のジゼ様の悪口を言いました。失礼な方にする挨拶なんてありません!」
私は小声で抗議した。
問題になるといけないので、とても小さな声で。
「聞こえていますよ」
言葉と共に、冷気が辺りに充満する。
ぴしりぴしりと、床が音を立てながら凍りつきはじめる。
グロスキエフ様はやれやれというように首を振った。
ジゼルハイド様が軽く手をあげると、イルバトス様の周囲に炎の塊のようなものがいくつも浮き上がる。
「イルバトス。お前と俺の相性は悪い。炎に炙られ痛い思いをしたくなければ、余計なことはするな。俺は……暴力とは無縁の男だからな」
「親殺しが、暴力とは無縁……! 笑わせたいのですか」
「炎帝は、娘さんに嫌われたくないのだろう。察してやれ、氷の。炎帝。人の娘と円満そうで何よりだ。長年の病魔について、解決しそうか」
イルバトス様は人の姿をしているけれど、話があまり通じそうにない。
竜の姿のままのグロスキエフ様の方がずっと、お話ができる方みたいだ。
「あぁ。事情を話せば長くなる。結論から言うと、アンネがこの城に咲き乱れている虹色の花アンネリリィを生みだしてくれた。花を食すことによって、鱗病は治る。ギルフォードたちが花から魔力を抽出し、治療薬をつくっている最中だ」
「……まさか」
「それは本当か」
イルバトス様が呆れ果てたようにため息をつくのに対し、グロスキエフ様は期待に瞳を輝かせている。
「……治療薬など、信じられません」
「事実だ。信じてくれとしか言えない。……今すぐに証明しろと言うのなら、グロスキエフに花を食べて貰うしかないのだろうが」
肩をすくめて首を振るイルバトス様に、ジゼルハイド様が言う。
私はびっくりしながら、大きな金色の竜を見つめた。
雷帝閣下も、鱗病に侵されているということなのかしら。
確かジゼルハイド様は、鱗病とは竜体から人間体になることができなくなり、次第に竜体のまま正気を失ってしまうのだと言っていたけれど。
グロスキエフ様の瞳には、知性の光が灯っている。
「あぁ。それでは、食らおうか。鱗病が治ると言うのなら、我が領地の者たちにとってこれほどの朗報はない」
「……あの、ジゼ様。雷帝閣下は、竜体至上主義だって確か……」
「それはな、娘さん。儂が鱗病として生まれてしまったからなのだよ。儂は人間体になることができない。だが、このとおり、理性は残っている。もちろん、鱗病の竜人の中には、獣のように成り下がってしまうものもいる。だが、こうして竜体のまま、今まで通りに暮らせる者たちも多い」
「ご、ごめんなさい、お耳が良いのですよね。聞こえてしまいますね」
「素直なのは結構なことだ。怒ってはおらん。儂が竜体至上主義者だと謳っているのはな、鱗病に侵された竜人たちを領地に受け入れ守るためだ。そうせんと、イルバトスのような人間体至上主義者たちに差別され、不幸な人生を送る羽目になるからな」
「そうなのですね……同じ、竜人なのに」
「姿形が違えば、それは差別の対象になるだろう。鱗病である儂が、鱗病の竜人を守らずに誰が守る? だが、皆、好き好んで鱗病のまま生きているというわけではない。薬ができれば、もっと自由に生きることができる」
グロスキエフ様が、ゆったりとした口調で私に諭すように言った。
どことなく家庭教師の先生にその口調は似ている。
「アンネ。グロスキエフも、イルバトスも、抱えている問題は同じだ。グロスキエフは鱗病故に、同じ病魔に侵された竜人たちを守ろうとし、イルバトスは鱗病を恐れ、竜体を嫌う者たちを集め庇護している。鱗病はうつるのだと、信じているものも多くてな。ひどい者は、グロスキエフの領地を焼き払えと嘆願する者さえいる」
「病気が治れば、憎しみ合うことはなくなるのですね?」
「そうだな。そうだと良い」
淡々と私に竜人の方々のおかれている状況について教えてくれるジゼルハイド様を見上げて、私は微笑んだ。
確かに、私の国でも流行病の時は、国が荒れたのだという。
私は幼くて、公爵家にいたから覚えていないのだけれど。
うつる病気だからと、病魔に冒され亡くなった人々の家を燃やしたり、それから、もっとひどいことも起きたのだという。
言葉を話して、通じ合うことができるのに、憎しみ合うなんて、悲しい。
それも、誰のせいでもない、病魔が原因だとしたら、もっと悲しい。
「儂が花を食おう。イルバトス、見ているが良い。儂が人間体になることができたら、お前は花の力と、人の娘さんの力を信じるしかないだろう」
「……そう簡単に、病気が治るわけがありません」
「簡単に治ることもあるのですよ。治療薬がみつかれば、多くの人が亡くなった病でさえ、なんでもないものになるのです。イルバトス様だって、病気が治った方が良いでしょう? だから、王国から女性を連れ去ろうとしていたのでしょう? 病気を治したいから!」
わからずやだわ。
私はジゼルハイド様の背中に体を半分隠しながら、イルバトス様を睨んだ。
イルバトス様は額に指を当てると、深々とため息をついた。
「…………それは、そうです。鱗病などという病魔に竜人たちが侵され、獣に成り果てるなど、認められない。わかりました。グロスキエフが人間体になることができたのなら、私も治療薬の存在を信じましょう」
「それでは、こちらを」
今まで静かに成り行きを見守っていたギルフォードさんが、虹色の花アンネリリィをグロスキエフ様の眼前に差し出した。
お読みくださりありがとうございました。ブクマ・評価などしていただけると大変励みになります!




