武官長のアドレイン様
昼食を終えると、ジゼルハイド様はギルフォードさんに呼ばれた。
婚礼の儀式を行うために雷帝閣下と、氷帝閣下の元に遣わした使者が戻って来たのだという。
ずいぶん早いのね、と思ったのだけれど、私たちの国では急ぎの使者を送るときは早馬を走らせるのに比べて、この国の方々はみんな空を飛ぶことができるので、それは早いだろう。
ジゼルハイド様が「アンネを街に連れて行こうと思っていた」とギルフォードさんに言うと、「なにを勝手なことをおっしゃっているのですか、陛下一人で放浪するのとアンネリア様を連れていくのとは違うのですよ」と軽く叱られていた。
大切な話し合いの場所までジゼルハイド様は私を抱き上げて連れて行こうとするので、それは丁重にお断りさせていただいた。
流石にそれは、お城の方々に対して示しがつかないというか。
ジゼルハイド様は愛玩動物を同伴しているつもりかもしれないけれど、周りの方々はそうは思わないだろうし。
それに。
使者が戻ってきたということは、婚姻の儀式までさほど日数がないということだろうと思う。
婚姻の儀式には花嫁衣装を着るのかしら。
そもそも何をするのかしら。
それすら良くわからないのだけれど、それまでに私はジゼルハイド様のものにならなくてはいけない。
氷帝閣下がどんな方なのか知らないけれど、何が何だかわからないままに、印、というものをつけられて連れ拐われるなんて絶対嫌だし。
私にそんなに魅力があるとは思わないけれど、人族が珍しいとしたら、興味本位で連れていかれる可能性はありそうよね。
ジゼルハイド様はそれでも良いって思っているのかしら。
愛玩動物を一匹失っても惜しくないとか、そんな感じなのかしら。
それはとても悲しいけれど、悲しがっていても仕方ない。
「頑張れ、私! 恋とは戦争なのだから!」
「……恋とは戦争なのですか、アンネリア様」
「エリカテーナお姉様がそう言っていたわ。意中の殿方を手に入れるためには、手段は選んではいけないのだと。エリカテーナお姉様は私のお兄様のお嫁さんなのだけれど、私のお兄様というのはたいそう女性たちから人気があったの。だからきっと、ご苦労されたのだと思うわ」
「それでしたら、アンネリア様はご安心なさってください。陛下に恋をするような強者は、この城にはいませんよ」
ジゼルハイド様と別れて、私はレイニスと共に歩いている。
レイニスが武官府を案内してくれるというので、午後からの予定がなくなった私は喜んでついて来たのだ。
ラヴィーヌは他に仕事があるので、今はレイニスと二人。
長い回廊を歩きながら、私はレイニスの言葉を心の中で反芻した。
「ジゼ様は、素敵だと思うけれど。それに私の国でも、王子様というのは、女性から人気があるものだったわ」
「陛下は、この国で最も力のある竜人。炎帝という名は飾りではないのですよ。それ故に、畏怖されておりますし、陛下自身も竜人の女性には興味を示さないものですから、近づこうと思う猛者はいないのです」
「女性には興味を示さないということは、男性になら興味を示すのね……?」
「まさか! さてはアンネリア様、ラヴィーヌの話を気にしていますね。確かに私たちは男女の垣根が薄くはありますが、陛下に限っては女性も男性も、そういった相手は全くいないと記憶しています。けして、冷酷だとか、排他的だとか、そういうわけではないのですが、踏み込めない何かがある、といえば良いのでしょうか」
「レイニスは、陛下のことを好きになったりはしないの?」
「とんでもない。私はどちらかといえば、女性の竜人の方が好きです。それに、かなり女性たちから人気があります」
「それはわかる気がするわ。レイニス、格好良いものね」
「アンネリア様は可憐です」
「私の相手が、レイニスだったら良かったのに。それならこんなに、悩んだりしなかったと思うわ」
「アンネリア様……それは殺し文句というものではないのでしょうか。駄目です、そんなことをしたら陛下に殺され……いえ、それより先に、ラヴィーヌに、竜の涙搾り出しの刑に処されてしまうでしょうから」
「レイニス、竜の涙搾り出しの刑というのは、何?」
「私たち竜人の涙は、結晶になるのですね。それは、この国の様々なものの動力として使われます。といっても、竜人がしょっちゅう泣く、というわけではないので、竜の涙を提供するための専門的な職業があったりします。ラヴィーヌは、竜の涙搾り出し師の資格を持っていて……」
「そうなのね……怖い話を語って聞かせて、泣かせるのかしら」
「まぁ、それに近いです」
レイニスは言葉を濁した。
あんまり深く聞かない方が良いのかもしれない。
「ところで、アンネリア様。陛下は今お話しした事情によって、女性たちに言い寄られることはまずありませんが、今からいく武官府には、この城で一番女性に人気がある竜人がいます」
回廊を抜けて扉を潜ると、板張りの大広間のような場所に出た。
そこには、巨大な木板に黒い文字で大きく『漢』と書かれている。どういう意味なのかしら。
「おとこ……」
「武官は男しかいないというわけではないのですけれどね。漢らしさを忘れずに、という標語らしいです」
「レイニス! 姫君を連れてきてくれたのか!」
広間の奥からジゼルハイド様と同じぐらい大きな男性が駆け寄ってくる。
隆起した胸板や腕や、腹が全部晒されている。つまり、上半身には何も着ていない。
逆立った髪は白に近い銀色で、やや目尻が垂れているけれど、どことなく野生的だけれど整った顔立ちをしている方だった。
「アンネリア様、この方が先ほど言っていたこの城で一番女性に人気のある、武官長のアドレイン様です」
レイニスさんが礼をしながら、私に男性を紹介してくれる。
「噂通りの小ささだな。まるで妖精のように可憐だ。人族は、俺たちにとっては森の妖精みてぇなものだが、これじゃ本当に妖精だな」
アドレイン様という方は、私の腰を鷲掴みにして徐に持ち上げた。
ジゼルハイド様とは正反対の扱いだわ。なんというか、粗雑だ。
けれどそんなに不快な感じがしないのは、笑顔が明るいからかしら。
これは確かに、女性にモテるわね。
ジゼルハイド様はこんなことはしないものね。
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