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はじめての空




 ジュード様から炎帝ジゼルハイド様に嫁ぐようにお願いされた私に、断るという選択肢はなかった。

 それは王命である。

 体格が良くて強い方と結婚したいと望んだのは私だし、婚約者も好きな相手もいない。

 身分も申し分ないし、年齢も問題ない。

 私ほど適任な女はいないだろう。

 その上、オグニアス皇国からの要求に背けば、我が国の立場が危うくなるのは自明の理だ。

 私はジュード様のお話を慎んでお受けすることにした。

 お兄様は私がジュード様からの話を嫌がって拒否することを期待していたようで、「わかりました」と頷く私を見て、ひどく狼狽していた。

 その後の数日は、お兄様とお姉様、エルジエル君の方が、私よりもよほど暗く沈んでいたぐらいだ。


 やがて、隣国からのお迎えがやってきた。

 てっきり馬車でジゼルハイド様の元へ向かうのかと思っていたけれど、隣国からやってきた迎えは二頭の巨大な竜だった。

 赤い鱗をもつ二頭の竜は、ジゼルハイド様の部下の竜人である。

 竜はお城の広い中庭に降り立った。ややあって、竜から人に姿を変えたのだろう、すらりとした長身の煌びやかな鎧に身を包んだ女性たちが中庭の奥から現れた。

 我が国の男性よりも、竜人の女性の方がよほど勇ましく逞しいことに感銘を受けた私は、お城でのご挨拶を終えると再び中庭で竜の姿になった一頭(一人?)の背中に括り付けられている輿へと乗り込んだ。

 人から竜に変わるところは、秘せられたものなのか、見ることができなかった。

 輿は広く、数人が乗れるぐらいには大きい。

 荷物を手にした私を、もう一人の竜人の女性が私を軽々と抱き上げると、輿へと乗せてくれた。

 四方を頑丈な金の柱と壁で囲まれた輿の中は、赤いふかふかの座面が敷かれている。

 色合いに眩暈がするほどの眩さを感じたけれど、乗り心地はとても良かった。

 ジュード様からは心を尽くした祝いの品を、お兄様からは花嫁道具や衣裳などを贈られた私の荷物はかなり多かったけれど、全部が乗るぐらいには広い。

 竜人の女性が「他に誰か共に来る方はいますか?」と、丁寧に聞いてくれた。

 けれど私は首を振った。

 私一人だと伝えると、とても悲しげな顔をされてしまった。

 もしかして、不憫だと思われたのかしら。

 私の無事を確認したいとついてくると言っていたお兄様や、お兄様の準備しようとしてくださっていた侍女の方々を断ったのは私である。

 もしジゼルハイド様の機嫌を私が損ねてしまって、危害が加えられないとも限らない。

 同盟国ではあるけれど、隣国との交流は有事の際以外にはほとんどないのだ。

 有事なんて、歴史書の中にしか出てこないぐらいには、王国は平和だった。

 お姉様やエルジエル君をお兄様は守らなければいけないし、侍女の方々だって、王国に家族がいる方々がほとんど。

 ジゼルハイド様の元に行くのは私一人で十分だと思う。

 エルジエル君を産んだ時にお姉さまは体調を崩していた時期があり、お姉さまのお世話とエルジエル君のお世話を率先して行っていた経験のある私。

 本当は乳母とか侍女の仕事だけれど、なんせ家に居候するばかりでやることがなかったので、赤ちゃんのお世話や床に伏せたお姉さまのお世話ができることに俄然張り切っていた。

 そんなわけで、結構一人でもなんとかやれるのだ、私は。

 たとえジゼルハイド様が私の顔を見た途端に興味を失って、捨て置かれたとしても、私なら大丈夫。なんとかなるわよね、きっと。

 お兄様やお姉様やエルジエル君は私を見送る時に泣いていた。

 私は寂しさこそあったけれど、そこまでの不安はなかった。

 いつまでも実家にお世話になっているわけにもいかないし、今まで結婚しなかったことは、国の役に立つためだったのだろう。

 ジュード様は私に何度も感謝の言葉を口にしていた。

 ジュード様も、幼い頃からの友人のような間柄の私には頼みやすかったのでしょうし、他の貴族の子女たちに無理強いをすることは難しかったのだろうと思う。


 何かあった時のために、竜人の一人が大きな赤い竜になり、もう一人は人の姿のまま御者台に乗るということだった。

 輿の窓から外を見ていると、浮遊感と共に竜は舞い上がり、一気にお城も、王都も、お兄様たちの姿も小さく見えなくなってしまった。


「馬車とはまるで違うわね……」


 竜の背に乗ったのも、空を飛んだのももちろん初めてだ。

 驚きながらつぶやくと「不自由をさせて申し訳ありません、姫君。オグニアス皇国の、炎帝陛下がいらっしゃる皇都カタストロニアは馬車では行くことができないのです。切り立った山の上にある天上の都ですので」という、竜人の声が、足元から聞こえた。

 竜に姿を変えた女性が、私と話をしてくれているようだった。


「姫君をお迎えにあがったのが私たち二人だけというご無礼をお許しください。あまり大人数でお迎えにあがると、王国の方々にとっては、侵略と感じてしまうかもしれないという配慮からだったのですが」


「そうなんですね。謝らないでください、お迎えに来てくださってありがたいことと思っています」


 姿が見えない方と話をするのは奇妙だ。

 女性の声はとても礼儀正しくて、身が引き締まる思いだった。


「ですが姫君、私たちは男の竜人よりもよほど強い炎帝の護衛。ですので、姫の御身は必ず守ります。ご安心を」


「まぁ……」


 私は感嘆のため息をついた。

 女性が、男の方々よりもよほど強くて、しかも炎帝陛下の護衛をなさっている。

 なんて素敵なのかしら。

 私は竜人の女性の、きりりとした容姿を思い出した。

 ジゼルハイド様に会う前に、兵士の女性に胸がときめくのを感じた。

 私、こんなに惚れっぽかったかしら。

 お名前を聞いても良いかしら、失礼ではないかしら。もっとお話をしたい。

 でも、竜になって飛びながら話すというのは大変かもしれないわよね。よくわからないけれど、私に気を遣ってくれているのかもしれないし。

 これから時間はたくさんある。

 できれば、兵士の女性たちとも親しくなれると良いなと思いながら、私は窓の外の空を見つめた。



 ◆◆◆◆






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