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彼女と彼の関係 #との関  作者: 六つ花 えいこ
ふれない西さんとふれたい西くんの義姉弟関係
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22:それ以外


「ふー。西、匿って」


 額の汗を拭うふりという年を感じさせる動きをしながら、一人の講師が自習室に入ってきた。

 授業が終わり、塾の出入り口は人がごった返す時間。希望者しかいない自習室にはまだ琥太郎しかおらず、仲良くしている彼は気を抜いた表情で入室してきた。


「今日はなんて詰め寄られてたんですか?」

「花火大会、一緒に行こうって」


 久世は他の年を重ねた講師陣と違って親しみやすく、女子高生からの熱狂的な人気を博していた。


 久世先生はテレビの中のアイドルのように格好いいわけではないが、高校生にとって講師とはそれだけで憧れの対象となりうる。

 こざっぱりとしたスーツを着こなし、笑顔を絶やさない彼は先生と呼ばれるポジションも加わり、大人の男に憧れる女生徒達にとって、テレビ画面に映る俳優よりも身近で、熱狂しやすい相手だった。


「いやー。未成年を祭りに連れてくとか、そんなサービス残業やってらんないよね~」

「……やっぱり年下に言い寄られるのって、迷惑ですか?」

「あっはっは。そうだなぁ。そうだねえ。なんて言っても、こっちは人生かかってるからねぇ……」


 表情は穏やかだが、言葉は辛辣だった。

 久世先生は表向き生徒には非常に人当たりがいい。塾の評判というものは、田舎では大変重視されることを彼はしっかりと理解していて、どれほど生意気な学生に先生扱いされずとも、生徒を邪険に扱うことはない。


 そんな中でも、久世先生は琥太郎をひそかに特別扱いしてくれていた。だからこそ許してくれた本音に、グサリと傷つけられているのだから訳はない。


「おやや。青春に悩んでいるのかな?」


 ショックを受けた琥太郎の顔を見て、久世先生は大笑いする。笑いどころが非道な上に、笑いの沸点が低い男である。


「いいねぇ。頑張れ、若者」


 笑いを収めた久世先生は、適当な励ましを琥太郎に投げつけた。琥太郎はため息を一つついて、シャーペンを握りなおす。「ちゃんと弟をする」と言ってしまった琥太郎が今頑張れることは、勉強しかないからだ。




***




「なにこれ」


 嘉一の部屋で早雪のスマホを勝手にいじっていた一二美が、メディア欄を見て絶句する。

 一二美が勝手に画像を見るのはいつものことと気にもしていなかった早雪は、彼女の見ている画像を見て「ああ」と呟いた。


「引っ越そうかなって物件見てたの。良さそうなとこスクショしてたんだよね」

「さゆ、引っ越すの!?」

「ううん。引っ越さないでよくなった。家賃想像以上に高くてびびったから助かったわ……」


 家から出たことがなかった早雪は、一般的な家賃の相場すら知らなかった。どうせなら職場に近い場所でとアパートを探してみたのだが、手取りの半分近くがスパーッンと飛んで行く賃料に目玉が飛び出た。


「っつか、就職した時に調べるだろ。普通」

 早雪と一二美を追い出すことを早々に諦めている嘉一は、女子に人気のレシピをタブレットで検索しつつ、早雪に突っ込んだ。


「うるさい嘉一。さゆは一生私の隣に住んでたらいいの」

「ええー? 家出たくないからうちから通えるところ選んだのに」


 女二人の発言に、嘉一はスマホでレシピのメモを取りながら、なんてことない顔をして言う。


「いや普通、付き合う気もないんに、自分のこと好きな男と同居続けようと思わんやろ」


 早雪は飲んでいた午前ティーをブッと噴き出した。


「うわ! 汚ね! 自分で拭けよ!」

 嘉一がティッシュを箱で投げつけてくる。早雪は素直にティッシュを取り出し、大人しく一人で畳を拭う。


 琥太郎から好意を持たれていることを、早雪は誰にも伝えていたい。というのに、動揺したのは早雪のみで、嘉一と一二美は当然のような顔をしている。


「……えええ? 知ってたの?」

「あれでわからんの、馬鹿とさゆだけやろ」


 一応馬鹿とは分別してくれているらしい。


「じゃあなんで言うの」

「部屋探してるってことは、琥太が告ったんじゃねえの?」


 告られてはいない。往生際悪く、早雪は訳知り顔の嘉一に心の中で否定した。


「……参考までに教えて欲しいんだけど」

「あんだよ」

「私って琥太君と距離近かった?」

「クッッッソ近い」

 今更何言ってんだとばかりの冷ややかな視線に、早雪は反論する。


「だって、嘉一とひーもこんなもんやん!?」

「心底不本意やけど、俺とこいつは血ぃ繋がってるからな!」

 大声で嘉一が怒鳴ると、後ろから音もなく忍び寄った一二美が嘉一にキャメルクラッチをかけた。


「これでも一応遠慮して、嘉一よりも距離取ってたんよ!」


 嘉一には何の抵抗もなく同じベッドに寝たり、抱きついたり出来るが、琥太郎にはさすがに遠慮していた。トラウマになられても困る。

 なんとか一二美から逃げ出した嘉一が、息を切らしながらも悪態をつき続ける。


「これを機に、俺との距離も改めてもらえませんかね。まじできしょい」

「えーん。覚悟しろ」


 真顔で逃げ出した嘉一をむんずと掴むと、早雪は目にも留まらぬ速さでタイガースープレックスをかける。


 転がった嘉一の横で、早雪も突っ伏して落ち込む。


「私が年上やから、ちゃんとしてあげないといけなかったのに……勘違いさせちゃった……」

「さゆは悪くないよー。さゆを悲しませる琥太郎が全部悪い」

 早雪のやることなすこと百パーセント擁護する一二美が、早雪に抱きついてよしよしと撫でた。


「はいはい。たった四つの差でえばるくせに、何かあれば相手から目ぇ逸らして勝手に自己完結する歳上様な。ほんとクズ」


 床についた肘で頭を支えながら、嘉一が吐き捨てた。


「嘉一! あんたは真心をおばちゃんの胎内に取りに帰れ!」

「んじゃさゆは誠意を取りに帰れ」

「ええ?」

「琥太と向き合うことから逃げてんじゃねえよ」


 強い目で睨まれる。嘉一の怒りを感じて、早雪は押し黙った。


「へたれが何言ってんだか」

「俺は向き合った末に、長期戦を選んだだけやから!」

 一二美と嘉一の騒がしい口喧嘩をBGMに、早雪は考え込んだ。


(向き合ってる、つもりやけど……どう向き合ったって、琥太君は弟で、私は姉やん。家族なんやから……それ以外に、どう向き合えって?)


 早雪なりに向き合って反省し、琥太郎との距離を改めようとしている。琥太郎を、家族を大事にするが故だ。


(――それ以外なんて、あっちゃいけない)







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